第1問 問1 B 問2 @ 問3 C C敦賀や新潟は、東廻り海運(航路)ではなく、西廻り海運(航路)の港町です。 しかも、中世に栄えた越前の敦賀は逆に衰えました。中世の日本海流通経路 が、津軽の十三湊→越前敦賀・若狭小浜→琵琶湖経由で京都というルートだっ たことは、必ず覚えておくべき内容です。17世紀後半に河村瑞賢が西廻り航 路を開拓すると、このルートは衰退しました。そういう流通の変化っておも しろいと思うのですが……。 問4 A また『一遍上人絵伝』が出ましたね。今回は図版使用ではありませんでした が。「鎌倉時代」という条件で『源氏物語絵巻』は消去できます。 問5 A A南蛮屏風とはまたなかなか難しいですね。出題率から言えば、@BCの3 つを正文と判別して、残ったAを誤文だろうと推測してほしいものです。@ は『天草版伊曽保物語』をさしています。Cの印象派とはモネやゴッホのこ とです。ここでニヤリできた人、いますよね? 問6 B V開智学校の建設時期が難しいですね。Tのニコライ堂との順序には悩んだ ことでしょう。 第2問 問1 C 今回もっとも難しい問題がこれです。この前方後円墳は箸墓古墳なのですが、 それを確定することも難しいうえに、墳丘の長さなんて知るわけない。1町 が約108mだってことも相当難しいですから、どうしようもありません。 問2 @ Tの歌が壬申の乱後に歌われたものだと気づけば(『日本史でるとこ攻略法』 にあります)、あとは簡単でしょう。 問3 B B公営田は大宰府管内、すなわち西海道(九州)に作られた国家経営荘園です。 問4 B 礎石を知らなかった人がいるかもしれませんが、よく図版を見ると、地面の ところに描かれています。 問5 A 問6 @ A北面の武士は、白河上皇が院の北面に置いたもの。B法成寺→平等院。C 法勝寺→長講堂。 第3問 問1 B 『海道記』はなかなか難しかったですねえ。私大でもめったに出ません。 『十訓抄』はもっと出ませんけどね。前者は文字通り紀行文ですが、後者は 教訓話を集めた説話集です。どちらも鎌倉文化の作品です。 問2 @ T来ましたねえ、『新古今和歌集』の時期が。 問3 C 問4 C 硫黄は日宋貿易にも出てくる輸出品です。大蔵経は仏教経典です。 問5 B 問6 A 第4問 問1 A 問2 B Y離縁状について思いめぐらすことができたでしょうか。基本的に夫から妻 に出される離縁状ですが、これは離婚したことの証明書なわけで、それがあっ てこそ再婚できるわけです。江戸時代の人は、意外と離婚・再婚をしている んです。ちょっとオトナな話ですね。 問3 C @棒手振とは天秤棒をかついで歩く行商人のことです。 問4 A 今回は国訴が単なる穴埋め問題でしたが、正誤問題になりやすいネタなので、 内容をよーく理解しておいてください。 問5 @ A納屋物→蔵物。納屋物は民間から問屋経由で都市に運ばれた商品。B河村 瑞賢→角倉了以。 問6 C C積極的な貿易拡大→朱子学批判。内容誤りタイプの誤文です。標準問題な のでできなかった人は要注意です。 第5問 問1 B T「ほーら来たでしょ!」と叫びたい市制・町村制(1888)です。V某大学の 人はこの年代を覚えておきましょうね。 問2 A 問3 @ 問4 C Z俸給生活者(サラリーマン)はあまり出題されない用語ですが、大正・昭和 初期の文化と覚えておきましょう。ここでは「大衆文化」というヒントもつ いています。 第6問 問1 C 問2 B 問3 @ 問4 B ウ「アジア市場には」という条件がついているので、綿製品になります。生 糸はアメリカ向けに輸出していました。 問5 A 問6 B 問7 @ 問8 A 講評 今年のセンター試験の問題は、過去問を細かく分析している立場から見ると、今までの 問題とは微妙に毛色が変わっていました。それをここで説明するのは困難ですが、一言で 言えば、私立大学風になったということでしょうか。センター独特の色が抜けてしまった わけです。これは新課程に移行して、作問にあたるメンバーが大きく入れ替わったためで はないだろうかと推測します。このため、センター試験シフトで日本史を学習してきた生 徒には、難しく感じられたでしょう。しかし、私立難関大をターゲットにして学習してき た生徒にとっては、本当に難しい問題は数問ですし、マークシート形式であるため2択に までは絞り込めて、運で正解してしまうということも多かっただろうと思います。この傾 向が来年も続くかどうかはわかりませんが、「センター試験の日本史は簡単だ」という認 識は改めなければなりません。理系の人が日本史を選択するのは、あまりお得ではないと いうことです。![]()