日本史なんてどうせ忘れるから、夏からやればイイって?

昨日、こんな話を聞きました。学校の先生が次のようなことを言っていたというのです。
「日本史はどうせ今からやっても忘れちゃうから、夏休みからやればいい」と。
この先生は、次のどちらかだと思います。

1 受験日本史で出題される情報量を甘く見ているか
2 生徒の記憶能力に過剰な信頼をおいているか

たぶん、暗記教科だから後でまとめてやればいいと言いたいのでしょう。しかし、大きな誤解です。難関大入試で安全合格圏内の点数を取るためには、相当な情報量を頭に入れなければならないのです。その量は、常人では、一夜漬けはもちろん、2週間漬けでも無理でしょう。1ヶ月間ただひたすら日本史だけを勉強してかまわないと言うなら、もしかしたら覚えられるかもしれません。入試直前に、他教科を何も復習しなくていい人なんていないと思います。そうすると、2カ月、3カ月はゆうにかかってしまいますよね?

2カ月、3カ月かけた勉強って、一度の暗記だけで忘れずにいられると思いますか?

もうわかったと思います。日本史は、何度も覚え、何度も忘れながら、それでもくじけず、何度もくり返し覚え直す教科なんです。一度の暗記で、それを忘れないまま入試本番を迎えられると思っている人は、

1 受験日本史で出題される情報量を甘く見ているか
2 生徒の記憶能力に過剰な信頼をおいているか

のどちらかとしか思えません。受験日本史の全体像をつかめていないから、そういう発言となるのでしょう。そんなことを言っているアマちゃんは、受験の終わった3月頃に「近現代まで手が回りませんでした」とか、「文化史まで手が回りませんでした」とか、もしくは、「史料問題まで手が回りませんでした」という、後悔のセリフを吐いているだろうことが、容易に想像できます。

というわけで、授業ではいつも、受験日本史の全体像をつかめるように心がけています。40面ノートというネーミングも、まさにそれが目的です。今現在、何番目のページをやっているかを見れば、学習進度が一目瞭然でわかります。時々、ノート番号を書いていない人がいますが、論外です。

ノート一面を覚える時も、まずは見出しから入って、全体像をつかんでしまってください。そこから細かい部分の肉付けが始まります。

ふと思ったのですが、全体像をつかむことの重要さは、最近の人たちなら、ゲームで実感しているかもしれませんね。ほら、ゲーム機の画面は小さくて、RPGとかだと、全体を示すマップと、その一部分だけを示した拡大画面がありますよね?シューティングゲームでも、似たようなことないですか?すいません、その辺自信ないです。あー、カーナビだったら確実にそういうの、ありますね。って、受験生はクルマ運転しないっつーの。ごめんなさい。

全体像をつかまなければ本当の目標にまで到達しませんよ。


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