第一次世界大戦後の委任統治って?

『でる日講義−アラカルト−』の撮影がほぼ終わりました。この後、映像のチェックをするので、撮り直しすべきところが出てくるかもしれませんが、ホッと一息です。

下の写真は近代の沖縄の講義が始まろうとしているところの写真です。

沖縄史

通常授業では扱っていない「先島」「宮古島」、さらには沖縄における府県制・衆議院議員選挙法などが見えていますね。思わぬ問題があることを、講義で聴いて驚いてください。

ところで、近現代は、できごとの起こった時期を把握することで、できごと同士のつながりが見えて、記憶の定着率がよくなります。しかも、正誤問題を解く際に、「時期誤りタイプ」の誤文を見破りやすくなります。このため、授業では時系列を考えることを勧めています。でも、そうすると細かい疑問が湧いてきたりするんですねえ。今日はそうして出てきた質問です。

<Mさん>
授業本当にお疲れ様でした。ところで、非常に些細な質問で申し訳ないのですが、ヴェルサイユ条約で、赤道以北の旧ドイツ領南洋諸島の委任統治権を獲得したとあるのですが、国際連盟発足が1920年であるにもかかわらず、委任統治権が与えられることは可能なのでしょうか?
流していいとは思うのですが、多少もやもやが残るので、質問させてもらいました。よろしくお願いします。

<石黒>
パリ講和会議で作成された国際連盟憲章は、ヴェルサイユ条約などの講和条約の一部とされており、1920年の1月10日にヴェルサイユ条約が発効するとともに、国際連盟も正式発足したのです。だから委任統治の形にすることは、一方で国際連盟を作るということが前提になっているわけですね。というわけで委任統治の始まりと国連の発足は、法的には同時なわけですよ。受験日本史ではヴェルサイユ条約の発効年は出題されないので、そこまで細かい説明はしていませんでした。

ちなみに、このあたりの時系列でよくある質問はこちらです。

国際連盟が発足するのは1920年なのに、1919年という発足前の段階で、なんで日本は国際連盟規約に人種差別禁止案を提案できるんですか?

これは授業をよく聴いていない人ですね。1919年のパリ講和会議で、国際連盟をどんな組織にしようか話し合ってるんですよ。それならむしろ1919年で当然じゃないですか。この手の定番のギモンが生じないように、授業はかなり慎重に進めています。


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