偉人の遺言

早稲田大学文化構想学部に合格しました!

合格報告をいただきました。

<宮代拓巳さん>
 藤沢館で通年授業を受けていた、2列目の真ん中の先生から見て左側にいつも座っていた、沢山質問に行かせていただいた男です。覚えていますか?(笑)
 この度、早稲田大学の文化構想学部と文学部に合格しました。どちらも補欠からの繰り上がりだったので、今やっとほっとしています。春からは第1志望だった文構に進学します。1年間早稲田のことだけを考えて勉強してきたので本当に嬉しいです。日本史のおかげでセンター利用でも明治大学まで合格することができ、早稲田対策に専念することができました。試験前、前日は40面+文化史プリント一周、前々日は発展プリント一周という風にルーティーンを決めていました。
 天才タイプではない自覚があったので、「日本史で8割~9割」と初めて聞いたときは、そんなこと自分には絶対無理だと思っていましたが、先生のお話を聞いていくうちに、もしかしたらやり方さえうまくやれば8割まであげることができるかもしれないと思い、とにかく石黒先生のブログを片っ端から読みました。音読、ゴロ、替え歌。この3つを武器に、40面ノート、文化史プリント、発展プリントを頭に刷り込みました。6月は学校に行事に部活にで大忙しのためにノート作りで日本史は手一杯だったので、赤本を解き始めたのは7月になってしまいましたが、急ピッチで史料問題などもやりながら、年内までに自分の受けない学部も含めて早稲田は50年分以上解きました。学校に早稲田の古い赤本が大量にあったので、盗んでました。(ちゃんと返しました)とにかく授業をしっかり聞いておいてよかったです。本番やりながら授業中の話の記憶が浮かび上がってきてスラスラ正誤問題が解けました。ノートだけあっても点数が取れないというのは、そういうことなんだなと思いました。日本史のかわりに国語、英語に時間を費やすことができたのが現役合格の要因の一つだと思っています。
 夏期講習の早慶大日本史で記述でも推測して書けって言われたことをよく覚えていて、今年の早稲田では教育学部の「東照宮+権現造」→「東照大権現」や文学部の「宗旨人別帳+宗門改帳」→「宗旨人別改帳」などと推測から正解にたどり着けました。全部石黒先生のおかげです。早稲田は4学部受け、日本史の正解率は、文学部85%、文化構想学部81%、教育学部84%、社会科学部70%。教育は補欠不合格、社学は不合格でした。本当に8割取らないと落ちてしまうということをずっと身に刻んで勉強しておいてよかったです。英語も国語もそこそこの自分では、石黒先生なしには今回の合格はありませんでした。まさか自分が早稲田に行けるなんて今でも嘘のようです。本当に本当に感謝しております。ありがとうございました。いつか早慶大日本史メンバーで陶芸も見に行かせてください。(笑)

合格大学
早稲田大学 文化構想学部
早稲田 文学部
明治大学 情報コミュニケーション学部 (センター利用)
立教大学 現代心理学部 映像身体学科 (一般、センター利用)
など。

<石黒>
合格おめでとう! たくさん質問に来てたというのでわかりました。よかったですね。そして補欠繰り上がり合格とはなかなかスリリングでしたね。また、2勝2敗は良い結果だと思います。日本史担当としては正解率の高さも大変うれしく思います。難易度の高い教育学部で84%まで出せたのはすばらしいです。
コロナウィルスで自粛モードのなか大学が始まるのは残念ですが、充実した学生生活を楽しんでください。陶芸展は10月末に京王百貨店で予定しています。よかったら見に来てください。

それにしても「授業中の話の記憶が浮かぶ」ところまで達するものなんですね。いつも彼の表情を見て、授業をよく聞いてるなあと感じてました。

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歴検1級を奪回した医師のNさん

derutoko.comの教材を使って日本史を学習している人の中にはおとなの方も多くいらっしゃいます。中にはderutoko.comの教材のコピーを予備校で配布している講師がいたりして、同業者として非常にがっかりしました。悪い噂の絶えない業界です。

でもその逆の人もいます。歴史検定に挑み続けている医師のNさんもその一人です。「50代からの歴検奮闘記」でご紹介しました。そのときは1級に合格したのですが、翌年は1点足りずに不合格という非常に残念な思いをされていました。今回、再び1級を奪回したというご報告をいただきました。
※非常に長いので注目箇所を勝手に太字にさせていただきました。

<Nさん>
石黒先生
昨年2月に先生にお会いさせていただきまして1年近くがたち、ご無沙汰いたしております。先生におかれましてはますますご清栄のこととお慶び申し上げます。私の方は、相変わらず医療の現場で日々仕事に追われている中で、歴史オタクを極めようと、通勤の合間などわずかな時間に少しずつ“歴検受験日本史道”の修行を続けてまいりました。昨年は1点で不合格となりました歴史検定1級を奪回すべく、今年も、すべての映像教材、「受験生が本当にほしかった問題集(近現代)」、『難関大用語集解』、を徹底的にやり、「あるある史料問題」や、『2時間でおさらいできる日本史(近現代)』にも少し取り組んでおりました。昨年59点で1点差不合格という悔しい点数でしたが、今年は66点とることができ、2度目の1級に合格できました。実は自己採点の時点で、合格はできたと思っておりましたが、どうも気分がすっきりしませんでした。それは、ここでもお話するのが恥ずかしいくらいのケアレスミスが3題、9点分もあったからです。自分のもっている実力が本番で発揮できないほど悔しいことはないと思いますが、是非、大学受験生のみなさんには私のようなケアレスミスがないよう、例えば、さらりと記載されたうそつき部分に気づかず正誤問題にひっかかりやすいとか、難しいところに目がいきすぎて意外に簡単なところに解答の糸口があるのに気づかないとか、本番の試験における実践的な弱点を克服していただきたいと思います。

さて、お恥ずかしいケアレスミスをおかした問題はさておき、それ以外で、恒例ではございますが、今回の問題をふりかえってみたいと思います。実は、1問は選択問題で3点分、もう1問は論述問題で8点分、計11点分で、先生の書かれたベストセラー「2時間でおさらいできる日本史」に書かれている内容を覚えきれておらず大変残念なことをしました。1問は、第一回帝国議会で最多を占めた吏党名です。先生は、「受験生が本当にほしかった問題集」の解説の中に、立憲帝政党は政府が保護をやめたこともあって1883年に解党した、と書かれていますし、実際の帝国議会では大成会や国民自由党などの吏党があった、とも書かれています。さらに、「2時間でおさらいできる日本史」の中で、立憲帝政党は第一議会の時点では解党し、大政会が吏党の中の最大党であるとグラフ付きで説明されています。もちろん大政会という吏党があったという認識はあったのですが、さすがに第一議会では立憲帝政党かなと思ってしまい、撃沈でした。たいせいかい(大政会)をだいせいかい(大正解)したかったところでした。

論述の1問は「大蔵省百年史」という未見史料で、この論文がかかれたころの高度成長期の好景気と戦後まもない頃の好景気との比較を、好景気に関連した戦争にもふれながら論述させるものでした。通常の教科書に記載されているように、戦後まもなくの朝鮮特需を記載し、高度成長期の好景気は、安い海外資源、高い貯蓄率、低賃金で良質な若い労働力、などに支えられて戦争と無関係のように書いてしまいました。先生の本を読んだ記憶が少しあり、ベトナム戦争が頭を一瞬よぎったのですが、残念。高度成長期の後半にはベトナム特需が影響していることを書かなければいけませんでした。これは教科書にも、問題集にも載っていない内容ながら、「2時間でおさらいできる日本史」には、しっかり先生が説明されており、これこそニヤリ問題で、この本からゲットしておくべき内容だったと大変悔しい思いをしております。せめてもう一度読み直していればばっちりできていたはずでした。そのようなわけで先生の教材をしっかりやって、ケアレスミスがなければ、さらに20点はアップできるはずでした。

さて、そのほかの問題で、完全に降参したものを2つ。明治2年ある機関が改組されて大蔵省となったが、改組される前の名称を聞く記述問題で、答えは会計官。山川の資料集には太政官制の図の中に記載されていました。もうひとつ、縄文時代早期に定住性の高い集落が営まれていたことを明らかにした鹿児島県の遺跡名を聞く記述問題で、答えは上野原遺跡。これも資料集には記載されていました。前回までの自分ですと、このような難しい問題が印象に残り、ついついそのような内容に目がいっていました。しかし、昨年、先生にお会いした時に、先生がおっしゃられた言葉が思い出されます。「そのような難問が出ているのは満点がでないようにしているためでしょう」、とか、私に遠慮がちな口調で、「他の問題で点数とっていってください」、とおっしゃったことです。そうです。もっと正解しなければならない問題がまだまだあるのでした。医師の世界も似たようなものです。いくら勉強していてその疾患を知っていても、実際の本番でその疾患の患者に出くわして、正しく診断、治療できなければ、試験では0点ですみますが、医療の現場では患者の不利益となり0点どころかマイナス点なわけで。

次回は、今回の失敗を生かし、ケアレスミスがないように、これまで使っていた問題集はもちろんのこと、「あるある史料問題」や「2時間でおさらいできる日本史」、さらに山川の資料集ももう少し徹底して拾えるところを拾っていきたいと思います。来年はさらに点数をアップさせて3回目の合格をめざします。3回目の合格で修士という資格がいただけるようです。試験会場には、高校の教師や一般社会人のような方もみられましたが、高校生か大学生ぐらいの若い受験生もたくさんおられました。何分、年齢にはかなわず記憶の定着という点では、若い人たちにはかないませんが、本業の片手間ながら日本史をこよなく愛する気持ちはまだまだ負けてはいない思いで来年も頑張りたいと思います。

なお、以前にお話しておりましたが、今までの私の医師としての臨床経験をもとにして、これからの若い医師にむけて書いた医学書をKindle本で昨年刊行することができました。もちろん先生のベストセラーに比べますと足元、いやいやおそらく爪の先にも及びませんが、くちこみなどで少しずつ広がって、若い医師たちの参考にしていただければと思っております。普段の医学部生への病院宣伝活動(最近はこれも医師の仕事です)や書籍出版の効果もあったのか、ようやく若い医師が当院の研修に興味を持ちはじめ、ぼつぼつ研修希望の数も増えてまいりました。子供も4歳になり、休みの日は、いつも公園で走らされたり、先日は大文字山に一緒に登ったりさせられております。また京都にいらしたときはご都合がつかれるようでしたらいつでもお声をおかけください。冷え込む日が続きますが、受験生の対応に日々お忙しい中、先生におかれましては、どうかお身体の方、ご自愛ください。

<石黒>
1級合格おめでとうございます。
講習が終わってようやく返信が書ける時間が取れました。遅くなりもうしわけありません。
大学受験の日本史の観点からすると、「大成会」はあたりまえですが「会計官」は捨て問です。また論述問題のベトナム特需はちょっと難しいですが、必死に考えたら思いついたかもしれませんよね。

ところで、最近発掘された遺跡や最近話題になっている事柄については、1月の講習でプリントを配布しています。「上野原遺跡」はそこで紹介していました。もっとも上野原遺跡はそれほど注目されていないものなのですが。

Kindleでの刊行おめでとうございます。医学部生向けでしたら何も紙媒体である必要はないと思います。当方も電子書籍を考えたことがありますが、受験生には向かないだろうと判断してあきらめました。

またお目にかかる機会があったらうれしく思います。

でる日講義

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あと1点に泣いた歴史検定(1)

昨年「50代からの歴検奮闘記」でご紹介したNさんが、ふたたび歴史検定を受検なさっていました。お医者さんとして日々忙しくされているにもかかわらず、歴史にも精通しようという奇特な方です。ところが今回は残念な結果だったそうです。報告メールをいただきましたのでご紹介いたします。

<Nさん>
石黒拡親先生
御無沙汰いたしております。1年ぶりにメールさせていただきます京都のNです。昨年は「50代からの歴検奮闘記」としてご紹介いただき、恐縮しておりました。1年前に申し上げておりました通り、最低合格ラインでの歴検1級合格では歴史オタクを目指す私としましても納得できず、あれから『難関大用語集解』も購入させていただき、このたび再度1級の試験を受けました。すでにこれ以前にも先生の出されている教材は、5本の映像教材すべてと、『日本史でるとこ攻略法』、『読むだけ日本史』、『受験生がほしかった問題集近現代』、とまでそろえておりましたが、『難関大用語集解』で前近代がさらに詳しく拾えたのですが、一方で人間は忘れる動物であることを50代の私は身にしみて実感し、まだまだ今まで使ってきた教材を十分自分のものとしきれていないと自覚しておりました。

そこで、この1年も他の教材には手を出さず、これまで使ってきた先生の教材にひたすら集中しておりました。しかし、、、、、残念ながら目を疑いましたが今回は59点で1点に泣き、昨年とあまり進歩していないことをみせつけられた思いでおります。一旦、合格できた慢心があり、最初先生の教材にとりくんだ年に比べて貪欲さにかけていたと思います。

簡単に、今回の試験をふりかえりますと、やはり細かい内容を聞く選択問題が20題あり、それに続いて単語の記述が8題、論述の記述が2題でした。
【単語記述】
石匙、再葬墓、李参平、平民宰相は書けましたが、せっかく『難関大用語集解』で拾っていながら、傘連判、一味神水が問題文の穴埋めで撃沈。これは痛かったです。
そのほか、お手上げだったのは、アヘン戦争勃発の2年後からカピタンに幕府が新たに提出させるようになった報告書は?というもので、答えは別段風説書。これは参りました。あっさり負けを認め、これは別段(べつだん)気にしていません。
もうひとつの難問は、1891年に成立し、清浦奎吾内閣を支持した貴族院の有力会派は?で、答えは研究会。これは負けを認めますが、名前が単純すぎて、何か出題者がにやりとしているところが想像されるようで悔しい思いです。

【論述問題】
1)2つの徳政一揆に関する史料があり、まずそれが何という徳政一揆についてのものかを示し、一揆発生の契機という観点から指摘できる両者の共通点と、その要求の実現という観点から指摘できる両者の相違について、80字以内で、というものでした。
史料1は正長、史料2は嘉吉の徳政一揆と読み取れ、両者とも将軍の代始めを契機に、というところまで記述できたのですが、実現について、というところの問題の意図をしっかりくみ取っていなかったうっかりミスでした。
私は幕府に徳政令を発布させるという要求は、正長では認められず、嘉吉では認められたので、そのように記述したのですが、だめでした。もちろん、正長の一揆では幕府に出させることができなかったので実力による債務破棄など私徳政が展開された、と記述するべきでした。実に残念。

2)佐賀藩が日本で最も早く反射炉建造に成功した理由として考えられることを、鍋島直正の政策、幕藩体制下における佐賀藩の任務、佐賀藩内の在来産業と関連付けて80字以内で、というものです。
反射炉建造費については、有田焼という陶磁器の専売で得た利益が役立ったことは、記述できましたが、反射炉建造の技術については反射炉建造に必要な高熱に耐えられる煉瓦などを藩内で生産していたということで、陶磁器生産の技術が反射炉建造技術にも貢献したことは、なるほどいわれてみればそうですが、残念ながら書けませんでした。
また長崎貿易に精通していたことで外圧をを認識し防衛力を強化する必要性を感じていた、というように記述しましたが、長崎警備の任務を担っていたことを記述するべきでした。はずかしながら警備をしていたのを知りませんでした。フェートン号事件で長崎奉行が切腹したのに、佐賀藩主まで責任を問われていたことが少し疑問だったのでそこでもう少し深く理解しておけばよかったと思います。

選択問題は7割とれましたが、注意して読めば正解できていたケアレスミスが2題あり、これも残念でした。したがって、先生の教材を完璧にしていてケアレスミスをなくせばもちろん合格できていたのです。受験日本史以外の肉付けも今年は何とかやっていきたいと思います。このたびはこのような報告になり申し訳ありません。来年は、また再度リベンジに挑みます。こんなことでひきさがるわけにはいきません。

なかなか難しい問題ですね。大学入試でもまず問われないものが出されています。
Nさんからの報告は明日につづきます。

難関大用語集解

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テレビで紹介されたしゃべり勉強

なんと、しゃべり勉強がテレビで取り上げられました!

2016年12月5日放送のNHK Eテレ「ニューベンゼミ」の中で卒業生が「ひとりしゃべくり勉強法」を語ってくれました。現在、早稲田大学文化構想学部の学生の藤野澪花さんです。
彼女によると「私がゼロから思いついたやり方ではありませんが…笑」とのことですが、まあメディアが求めるものってこういうものですよ。ぜんぜんかまいません。というか、僕が提案している「しゃべり勉強」だって、とくに決まったやり方なんてありませんし。実際、僕自身も映像を見て「へー、藤野さんはこんなふうにしゃべってたんだ」って興味深く聞きました。

しばらくはNHKのサイトで見られるようですので、参考にしてみてください(※掲載終了しました)。「ゆみ、ひゃく、ゆみ」って言い方が、いかにも使い慣れてる感じで笑えませんか。

ところで映像の中で彼女が話している「聴くことでの記憶効果」もチャレンジする価値アリです。derutoko.comでは『聴くだけ日本史』という音声教材をお勧めしています。覚えにくい文化作品は、まず耳に慣れさせるのが記憶への近道です。

聴くだけ日本史-美術史編-

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女工勉で早稲田合格!

近代の紡績工場や製糸工場で働いていた女工さんたちは、大変な長時間労働を強いられていました。それを考えると1日に10時間程度の勉強なんて、実にらくちんなことに見えます。5月のこの時期では1日に12時間、15時間も勉強するなんて考えられないかもしれませんが、そこまでやってしまう受験生はいるものです。今日はその「女工勉」までやってたという方を紹介します。

彼女は毎週のように講師室に質問に来ていましたが、最初のころはかなり勘違いしているところが多く、正直「これはヤバイぞ……」と感じていました。それがみごと早稲田合格というのですから恐れいります。努力がむくわれましたね。

<Oさん>
あざみ野校で質問などでもよくお世話になりました、Oと申します。
沢山お世話になった先生に、ずっと合格報告をお伝えしたいと思っていたのですが、こんなに遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
この度無事に第一志望の早稲田大学に合格することが出来ました。
学部は第一志望ではないのですが、今○○学部に通っております。
受験が終わって2ヶ月ほど経ちますが、今でもたまに受験生の頃を思い出します。
自分の学力の至らなさを思い知り、毎日のように涙した、2度と戻りたくない孤独な日々でした。
それでも先生の仰っていた女工勉(覚えていらっしゃいますでしょうか…)などを行ったり、先生のノートを信じて一心不乱に頑張りました。
直前期なんかは母曰く寝言で喋り勉強をしていたそうです(笑)いよいよ末期でした…
今は打って変わって毎日刺激的で楽しい日々を過ごしています。大学では女子ラクロス部に入部しました。アルバイトもはじめました。沢山の尊敬すべき素晴らしい人に囲まれて毎日過ごせて本当に今わたしは幸せです。
そんな時、河合塾の前で受験生と思しき子とすれ違うと、心の中で「がんばれ」とエールを送っています。
辛かった受験勉強もこの今に繋がっていると思うと、愛おしい思い出に変わりました。
先生の素晴らしい授業と緻密なノートで見事合格を勝ち取る受験生が今年ももっと増えることを心から祈っています。
そして毎週のように質問に答えてくださってありがとうございました!先生のおかげで今があります。
またいつかお会いできたら嬉しいです。
本当に1年間ありがとうございました。

<石黒>
返信遅くなってごめんなさい。Oさん、良かったですね。心配させられることも多かったですが、よく食らいついてがんばりましたね。今は一息ついているところでしょうが、またがんばらなきゃいけない難関があらわれるはずです。そのときに女工勉を思い出して、それを超えるほどのパワーを発揮してくださいね。
充実した大学生活になることを願っています。ご報告ありがとうございました。

難関大用語集解

難関大受験に必要な「本当の」ハイレベル用語を網羅! 辞書とは違うわかりやすい説明に、豊富な出題例も。

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第一志望の慶應経済に行きます!

今日は早稲田・慶應に受かりまくった現役生女子からの合格報告を紹介します。

<Aさん>
二学期から先生の早慶大日本史でお世話になりました。おかげさまで、第一志望の慶應大学経済学部に進学が決定いたしました。他にも、慶應文学部、早稲田政治経済学部、早稲田商学部で合格を頂き、慶應商学部は補欠、慶應法学部は4日目の疲労で英語を少し失敗したため落ちてしまいましたが、日本史は7割超えました。

後輩の方々へ何か言えることを考えました。二学期から受講し始めた方々にもアドバイスになれば、と思います。
私はそもそも、国立志望でした。私立に変えた理由としては、成績というより、国立に行く理由がわからなくなったことが大きいです。将来像が割と明確にあったので、1年次から細かく学ぼうと思えば学べる私立に変えました。
そう決めたのが6月の終わり。夏休みに早慶日本史を取って、そのまま二学期から受講しました。過去の方々を見習って市販の日本史ノートに実況中継と難関大用語集解の内容を書き込みました。近世をほぼ満点にすればよい!という思いで、古代にそこまで力は入れていませんでしたが、それでも2~3周はしたかな、という感じです。
授業のノートは、自分が見て気持ちよくなることに気をつけました。あとはメモをとにかくとること。いらないかなぁと思うようなこともフレーズだけでも書いてあると思い出しやすいですし、先生がおっしゃったことで出ないようなことはほぼありません!これは本番や赤本で痛感すると思います。復習は、次の授業までの間に3日ほど、ストーリーテラーになります。そしてそのあと、ノートをチラ見程度でストーリーテラーになって、白紙に復元します。私は一度復元したらもう一度書くのは面倒になってしまったのでトレーシングペーパーに枠だけ写し取って、ノートに貼って脳内でその枠だけ見て復元代わりにしていました。
私は英語に力を入れすぎて日本史がギリギリになり、上智の過去問をやりながら基礎を確認するような最低なパターンになっていました。英語はなんとかなりましたが、日本史は最後自分の甘いところを詰め込むような形に…私は問題を解く方が覚えが早かったのにそれに気づくのが遅く、全部覚えてから、と後回しにしていたので、本番の前日までの一週間ほどでだいたい全学部10年ずつやりました。もっと前から少しずつやればよかったと思います。あとは、本当に直前期、3日前とかから、過去問やっててわからなかったところなどをルーズリーフに書き出してました。単語と少しの説明とか、系図とか…中にはランクが低いのもあったと思いますが、それを家に帰ったあと2回くらい寝る前に眺めると翌朝半分くらいは覚えてたりします。あと年号が苦手だったので、自分や親を使って○○何歳!みたいな感じでやりました。慶應経済のグラフの読み取りはキーとなる年代(バブルとか、スミソニアンとか、石油危機とか)を中心に覚えるとやりやすいかと。資料集のグラフを親がチェックしておいてくれたので前日の夜と朝みたりしました。
並べ替えはストーリーテラーには余裕ですよね!?私はそれであまり間違えていません。日本史が常に八割!とはなりませんでしたが、七割~八割程度になったのは先生のおかげです。先生がくれる全てを駆使してください。そしたらきっと大丈夫です。二学期からでも、近世を愛せれば。

でる日講義-つながる近現代-

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日本史のおかげで明治大に合格できました!

合格報告をいただきました。今日から何人か紹介していきます。
まずは現役生のSさんです。

<Sさん>
 河合塾あざみ野館で、先生の早慶大日本史を受講させていただいていました、Sです!以前は受験や塾での環境の相談をさせていただき、相談に乗ってくださりありがとうございました!

 センター試験で日本史84点により、日本大学商学部経営学科の合格を頂き、一般入試で 明治大学政治経済学部経済学科、法政大学社会学部社会学科、明治学院大学社会学部社会学科に合格させていただきました!!!! 実際、明治大学の情報コミュニケーション学部へ行きたかったのですが結果は全学部も個別もダメでした。 入試当日、手ごたえが悪く帰宅してから、野々村議員のようになってしまい、気持ちが治まらず、翌日の法政大学社会学部メディア学科の受験も泣きながら受け、実力が出せず結果もダメでした(青山学院大法学部もダメでした)…。しかし、気持ちを切り替え、同週の明治大政治経済学部、法政大社会学部で全力でMax集中したことにより合格させていただきました!特に明治大政治経済学部での大日本国憲法と日本国憲法についての80字記述は満点取れたと思っています(笑)。英語が苦手なのですが、日本史を自分の中での武器にしたことにより合格を掴み取ることができました!実際、受験が終わった今でもノート全て復元できる自信がつくまでノートを完璧にしました(笑)。ノートもパックリ割れしてしまっています(笑)。

 最初は日本史の偏差値は40台で、正直模試など勘で解いていましたが、先生の授業を受け、ノートを学ぶことで、模試や過去問で根拠を持って考えて解答することができるようになり、それがとても嬉しく楽しく、妥協することなく日本史の勉強を進めることができました!授業も毎週楽しみにしていて、日本史が大好きになりました!!

 一年前は、全く明治大学に合格することができるなど思っていませんでした…。まず、大学受験をすることにビビっていた自分がありました。しかし、自ら好きな教科を作ったことで、憧れの明大生になることができました!!本当に本当に先生のおかげです!ありがとうございました(泣)。受験を終え、自分を成長させることができ、努力の楽しさを学ぶことができました!受験を経験することができ、本当に良かったです!本当に本当にありがとうございました!お身体に気をつけつけて頑張ってください!これからも私のように日本史好きの生徒が増えることを願っています。

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河合塾卒業生前川君の失敗談と教訓

今年の夏は、予備校が計画停電対策シフトを取っているため、1日の授業が5コマ相当のタームが3つもあります。その反面、震災後の引き籠もり生活で身体はなまってしまっています。このため体力をつけて準備万端整えておかないと、夏を乗り切れません。受験生の場合なら、体力面より精神面での中だるみの方が心配ですが、僕の場合は完全に逆です。
そんなわけで5月15日は高水三山に登ってきました。JR青梅線御嶽駅から登って、軍畑駅に降りてくるルートです。コースタイムは約4時間(休憩抜き)です。

さて、今日は、第3回ハーフサイズ模試で満点を取った前川君からのメッセージを紹介します。非常に印象深い人で、エピソードもいろいろあるのですが、今回はこうしたメッセージにはめずらしく「失敗談・教訓」を書いていただきました。

昨年度受験した前川大介です。早慶すべて補欠でおわり、結局立教、立命、成城が合格校となりました。こんかいはその失敗談・教訓をかきたいと思います。(月並みだとおもいますが。)おもに藤沢現役館塾生向けです。

昨年、一年間石黒先生には本当にお世話になりました。今年度も定員overになっていることでしょう。
まず初めに、今年授業を受けている人、なるべく黒板近くで授業を受けたほうがいいと思います。集中度、吸収量ともに大きな差があるし、前に人の頭が見えない分黒板に集中できるし、後ろのほうのけだるい雰囲気を感じずにすむというのも利点です!!録音しようか迷っている人がいるかもしれませんが、絶対したほうがいいですよ!というのも、夏休み、受験直前期などの授業がない期間などにはノート復元だけでなく、録音を用いた授業復元もやったほうがモチベーション継続、内容充実ともに効果があると思います。
たぶん初回の授業で話があったと思いますが、石黒先生のノートは洗練されたデータに基づいてのものです。もちろん授業中にも「●●大はよく出すよ!」なども貴重なデータです。惜しみなくメモするべきです。受験校がきまってないって人は全部メモする勢いで!板書が精一杯で余裕がないって人はさっきいった通り、録音したやつからメモをとるなど手を尽くしてください。
くどく言いますが、石黒40面ノートのすごさはを本当に実感できるのは、模試でもなく、定期テストでもなく、受験本番です!これが出たあれが出たのオンパレード…….まさしくニヤリです。
あと授業に関して言えば、疑問に思ったことはちゃんと質問しに行くべきです。自分自身うざいくらい授業後、先生に質問にいきました。余程のことでもない限り、気さくに答えてくれますw

ここからが本題です。なんといっても石黒日本史のつよみは、ほかの人に比べて日本史の勉強時間を少なくできることだと思います。それで、得点が取れる!しかし、それに浮かれて全体の勉強量を下げてしまってはどうしようもありません(事実自分の最大の敗因です)。得点がとれる!っていってもそれは先生に言われたことを当たり前にやった人のみです。それに残念ながら入試は英語がかなりの合否を分けます。英語が不得手の人はもちろん、日本史、国語で点数を稼ぐ!で合格もありますが、やっぱり早慶レベルになると、英語はある程度のレベルまで持っていかなくては合格はあり得ません。身をもって体感したので、責任を声を大にして言わせてもらいます。英語が苦手だと思う人は今からコツコツ日本史と平行してやっていってください!もちろん日本史の赤本は6月から!文化史も忘れずに!貪欲に貪欲にがつがつと!
今年は震災の影響もあり、いろいろ支障をきたすことも多いかと思います。けれど、それにめげず一年間やりぬき見事早慶合格をもぎ取ってください!陰ながら応援しています!
(早慶上智プレミアム日本史!とったほうがいいですよ。)

「早慶上智プレミアム日本史」の受付開始は22日からですが、「日本史道場」は先ほど受付を開始いたしました。まだ空席がありますので、ふるってご参加ください。

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一日17時間勉強を楽しんだ強気女子の勉強法(2)

昨日の続きです。

<伴さん>
次に、時間についてです。気をつけたことは、睡眠時間は削らずに、他の時間を全て受験勉強に注ぎ込むということです。そのためには、友達はつくりすぎないことをおすすめします。励まし合うのは必要かもしれませんが、普段はドライな関係のほうが楽です。例えば昼ごはんも基本的にひとりで、勉強しながら食べました。登下校も絶対ひとりで、電車内でも歩きながらでもとにかく勉強です!全てを受験生で恋をしたがる人がよく出ますが、大学や先生の授業にときめきなさい!本気です(笑)

4月は13時間しか出来ませんでしたが、月末の平均時間割り出しでにんまりしている内に楽しくなり、最終的に1月平均は十七時間です。

やる気の源泉は、勉強が好きになったことですかね。私はかなりの下剋上なので、自分でも全教科ぐんぐん伸びてるのがわかり、かなり楽しんでやれました。

あとは、浪人でお世話になった予備校を好きで、先生方を本当に尊敬していたので、合格実績で恩返ししたいと思っていました。親や友人の期待も大きいです。

時間はわかりやすい指標なので、勉強時間では同じ予備校の全ての人に負けないと思っていました。中途半端に休み時間をつくるとやる気が下がるので、休まないで済むように予定を立てる時に研究して、どの時間にどの教科、集中力下がるタイミングで違うタイプの勉強を、、など工夫しました。

少しだけ直前期の話をさせてください。直前期と第二志望以下は、第一志望のための練習に使ってください。あと英語直前のオススメは、試験前日に受ける学部の最新過去問をやることです。ただ、これは気の弱い人はやめたほうがいいです。

次に気の持ちようについて話します。模試が多少悪くても、後悔している時間は無駄だと思います。むしろ弱点を補充するチャンスだと思ってください。
あと、同じくらいの学力のライバルをつくると燃えるのでおすすめです。
ちなみに私は相当気が強くポジティブ、負けず嫌いで完璧主義者です。たぶん受験向きの性格なんですよね、、。
なので、一度も自分が落ちると思ったことはありません。試験当日も英作文を書き終えた瞬間、受かると思っちゃいました。

受験は、金銭面では厳しいですが、精神面では大きなプラスの一年になるはずです。学力のみならず、周りの人の大切さや、知の楽しみなど、人生を豊かにしてくれる気付きをたくさん与えてくれます。受験生の皆さんが、来年2月に学力に裏付けされた自信を持って試験を突破できることを祈っています。

最後に、石黒先生の授業は本当に楽しかったです。無駄のない授業進行に計算しつくした年間計画、わかりやすい説明、、一年間感動しっぱなしでした。ブログ読者さんはぜひライブ授業を受けるべきですよ!

先生なくしてこの結果はありません。さらに結果だけではなく、日本史を通して学んだ人生観もあります。先生が人生を変えてくれたと言っても過言ではないです。本当にありがとうございました。

伴麻奈美

17時間って相当ですよね?それだけのエネルギーが湧いてくること自体が勝利の理由でしょう。その後、話をうかがったところ、決して具体的に細かく固まった将来像があるわけではないようでしたが、方向性とその水準の高さはしっかりあるのでしょう。やっぱり「自分はこのレベルに絶対受かる!」という意志は大切ですよね。なんとなく「良い大学に行けたらイイナ」くらいの気持ちでは、フツーの大学に終わるのが関の山です。

そしてこんなことも付け加えてくれました。
「成績が上がって満足なのですが、日本史と英語は本番では赤本より相当得点が下がってしまったのが残念です。先生もブログに書いていましたが、やはり練習では得点の余裕を持つのが得策ですね、、。」
やっぱりね……。

そしてこんなスゴイ人なのに、立教大入試ではなんと試験会場を間違えたんだそうです。「新座キャンパスだったのに池袋キャンパスに行ってしまったんです!全速力で新座に行って、間に合うとわかった瞬間の嬉しさは半端なかったです(苦笑)」よく間に合いましたね。たぶん携帯で時刻を調べたんでしょうけど、そんなことができる時代で良かったですね。

一日17時間勉強を楽しんだ強気女子の勉強法(1)

新学期が始まったこともあるのか、いよいよ動きだした高校3年生が多いようです。高卒生のみなさんも出遅れることなく着実に自分の学習を進めているでしょうか。今日は、ワセヨビ西船校で日本史を受講し、受験した大学(慶應2学部、早稲田3学部他)にすべて合格した高卒生の学習法を紹介します。西船校には他の予備校とかけもちする人がちらほらいるのですが、彼女もそういうタイプでした。

<伴麻奈美さん>
本題に入る前に、この間お会いした時に慶応商学部だけ問題を渡し忘れていたので、得点率だけお教えします。(いつか持って行くかもしれません)
英語、90.7%  日本史、84.4%  で合格です。
英語ではたしかこれが最高得点だったと思います。

それと、ひとつ断っておきたいことがあります。私の出身高校は進学校ですが、私は高校三年生春まで音大に行きたかったので、全く勉強しておらず、現役時代は学力もひどかったです。英語が特に苦手だったので英語はセンターのみの某国立大学教育志望にしたのですが、11月にどうしても早稲田商学部に行きたくて私大に切り替え、浪人覚悟で早慶のみで勝負しました。もちろん惨敗です。
言いたいことは、自分の限界を自分で決めるな!ということです。
本気でやれば、一年間で学力は余裕で上がります。恥ずかしながら模試比較を下に載せるので受験生のみなさんはこれを参考にやる気を出してください。

偏差値
現役○英語49、国語57,小論文43、日本史40(河合塾早慶オープン早稲田商、代ゼミ早慶プレ慶応商)
浪人○英語70、国語73,小論文51or60、日本史70(代ゼミ早慶プレ、早稲田政経、慶応経済)
母体が違うのでわかりにくいですが、伸び率はおわかりいただけると思います。

さて本題ですが、私は日本史勉強法に突出したわけでもなく、石黒チルドレンの中では「それなり」だったかなと思うので、受験全体についてを主題にお話ししたいと思います。
まず、一年間通して思ったことは、「受験は要領と時間である」ということです。この二つが備われば学力は上がるはずですし、一つが欠ければ生来の頭の良さがない限り合格は厳しいと思います。
要領に関して最も大切なことは、予備校選びです。気に入れば良いと思いますが、大手になんとなく入ればいいというものではありません。多少移動がつらくても、全教科満足出来る授業を探してください。たとえば私は、国語に関しては早稲田予備校の笹岡先生に傾倒していたので、古文を西船橋で、現代文は東京本校で受けました(西船橋に笹岡現代文がないので)。大変でしたが、早大国語で全学部8割得点できたので正しい選択だったと思います。

いい予備校が選べたら、受験本番の自分完成像をぼんやりと決めてみてください。もちろんおすすめは「全教科勝負」です!石黒先生に習うなら日本史勝負でもありだと思いますが、私はケアレスミスもひどいし三教科勝負なら相性悪い問題が出ても二教科で防げると思い、全教科トップレベルにしようと決意しました。
その決意を元に、夜にその日の勉強時間をやった事ごとにまとめ、次の日の予定を決め、さらに一ヶ月ごとに教科ごとに勉強時間の割合を出しました。それをやることで、教科バランスの徹底と長時間勉強の為のコツ掴み、模試との連動による苦手の克服を達成することが出来ました。
ちなみに苦手克服期間以外、英語は40~50%、国語は20~30%、日本史は20~30%、小論文は10~20%と決めてやりました。

あとは教科ごとに先生がおすすめするいい勉強方法を徹底的に身につけ、工夫してください。ここで日本史勉強法を軽く書きたいと思います。
とはいえ、ほとんど  石黒先生のやり方に従ってください!  ということだけです。
私が工夫したことと言えば、質と量の調節です。ノート復元の時、質を重視した(1)丁寧に紙に書いて徹底したノート復元と、量を重視した(2)ポストイットを貼ったよく間違える単語を集中的に見て、あとは超高速で目を動かし一気に進めるノート確認を使い分けました。
先生がなさる偉人達の話で、特に役立ったのは去年の慶応文に行った現役女子の話です。漢字ミスの落とし穴に気付き、第一志望前日にノートや文化史を書ききったという話を聞き、「それなら早めにそれをやっちゃえばいいのか」と思い、(1)で丁寧に復元をし、漢字ミスには早い段階でマーカーで目立たせ何度も見るようにしたので、漢字ミスはしなかった気がします。
失敗したことは、過去問数が少なかったことです。特に2学期、冬期のうちにやっておけばもっと得点が採れたかもしれません。
あとは模試結果や赤本などを生かしてバランスを崩さず勉強していきました。