偉人の遺言

超底辺高校から下剋上を果たした、後藤君の復元法(2)

昨日の続きです。

<後藤貢さん>
僕は初めの方で40面を60分と書きましたが、本当にイメージだけで良いのなら、それこそ一瞬の世界でした。なら、なぜ60分かかったかと言うとプリントの部分はノートを見て丁寧に暗唱したり、喋っていたからです。なので40面の板書部分は正確に言うと一瞬で復元できました。あんな僕がですよ。まさに下剋上ですよ。僕は意味は違えど浪人だったので北条早雲ですよ。(詳しくは14番ページで)

最後になりますがノートが完成に近づくにつれて、量は増えます。辛いです。うんざりしてきます。ストレスになるかもしれません。(ハゲたりはしなかったです。)しかし復元できていると、過去問が面白いくらい解けますし、模試の結果も非常に良いです。これは凄くモチベーションの維持になります。それに敵は山ほどいます。あなたは来年の2月までにその大勢から抜きでた受験生にならないといけません。わかっていますよね。『並み』『フツー』では上には行けません。受験すると決めたならそこはしっかり覚悟しないといけません。立っているだけじゃ山の頂上には辿り着けませんから。石黒先生の情報は完璧なので、後はあなたの頑張り次第です。応援してます。

最後に受験を終えて僕が感じた事をこれから頑張る人達に伝えたいと思います。

『一瞬のためらいを一生の後悔にするな。』

僕は一足先に大学に行ってます。読んでくれたあなたも自分が行きたい大学に行けるように頑張って下さい。以上です。

追記。僕は2つほど今後の石黒日本史のレベルUP法を先生に会って提案したのですが、もう1つ言い忘れてた事がありました。それも書いてくれとのお返事があったので今から紹介します。

ズバリ『林家覚え』と言うものです。林家ぺーと言う芸能人をあなたは知ってますか?全身ピンク色のアフロのおじさんです。愛妻家です。素敵です。実は受験勉強の期間中にその林家ぺーが芸能人の誕生日を覚えるのが特技だと言う事をテレビでやっていて『〇月×日はAさんの誕生日で、BさんとかCさんも同じ日なんだよぉぉおお』と言う風に林家ぺーが思い出していたのを見て日本史の近現代の年代を覚えるのに使えるなこれ!!と思って利用してました。

例えば、矯風会の年代は頑張れたら覚えて!!レベルのものなのですが、『1886年で静岡事件と同じなんだよぉぉおお』と覚えておけば楽勝でした、、、。他にも1968は琉球政府主席公選制、あゝ野麦峠、小笠原諸島返還、GNP2位、日中覚書貿易などの年。1899年なら日本之下層社会、高等女学校令、日英通商航海条約の発効なんかあげられます。(未だに忘れてません)

さあ突然ですが問題です。テレビ放送開始の年代とカラーテレビ放送開始の年代を答えて下さい。
答えはテレビ放送開始が1953年でバカヤロー解散の年と同じ、カラーテレビ放送開始は1960年で沢山ありますが安保改定、浅沼刺殺、民社党結成、所得倍増計画などと同じです。(未だに覚えてます。)まさにこの問題を即答出来なかった人を救える方法だと僕は思います。要するに同じ年代で繋げておけばチョロいんです。『〇〇って何年だっけ~。うわぁ~。ノート覚えがまだまだ甘いな~。私のバカ、バカ!!』なんて醜い反省する事は絶対にありませんから。是非使って下さい。(※もっともバカヤロー解散の年はノートにはあるものの、覚える必要ない年代なのですけどね、、、まあ良いじゃないか、、、君、、、プラマイゼロだよ、、、はははははは。)

アドバイスは以上です。長文なので僕なりに読者を気遣って、冗談を織り混ぜながら色々な事を今回紹介させて頂きました。是非学習の手引きとして利用して下さい。ちなみに僕は普段はどこにでもいる普通の青年なので安心して下さい。別に怪しい者では御座いません。あなたが成功する事を心から願っています。では、さようなら。

その後、こんなメッセージもいただきました。

(前略)怒鳴り勉強してました。なぜ怒鳴ることに拘ったかと言うと、自分の好きな歌にしても家で呟くよりカラオケで歌う方が歌詞をなぜか覚えられるからです。ひょっとしたら声を張る事は脳を刺激するのかもしれません。少なくとも僕はそうでした。何かの参考なれば幸いです。

あちこち笑えて相当おもしろいアドバイスでした。これから受験に挑む高3生やヌルい高卒生は唖然としてしまうでしょうが、誰にでもやれる可能性はあるのです。講師としては、受験生の下剋上を見るのは実に楽しいことですが、下剋上を果たした本人が一番うれしいのは言うまでもありません。合格がわかった時にはご両親も大変喜んでくれたそうで、「初めて母親と抱き合っちゃいました」とのことでした。ジーンとくる話です。僕にはそんな経験一生なさそうですが……。

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超底辺高校から下剋上を果たした、後藤君の復元法(1)

昨年度のワセヨビ西船校の後藤貢君は、ノートの復元がかなり高速でできるようになっていました。早稲田大学教育学部に受かった今、ぜひにとお願いしてその習得方法を書いてもらいました。非常に参考になるのは、彼がいわゆる最初から頭の良い生徒ではなかったという点です。僕はそのことを、合格報告の際に初めて知って驚きました。なんだかこれからが楽しみな人です。

<後藤貢さん>
40面ノート脳内復元について書きたいと思います。最初にことわりを入れると僕は超底辺高校出身です。高校のテストでは毎回赤点祭りでギリギリ卒業できた人間です。高校やめれば?なんて担任からよく言われてました。生徒指導の先生に揉み上げをテクノカットにされた事もありました。僕は本当にバカですよ。なんせ卒業するまで勉強した事なんてなかったんですから。ちなみに得意科目は体育と早弁と早退でした。あ、話が逸れてすいません。そんな僕でも40面ノートを60分で脳内復元出来たのでやれば誰にだって出来るようになるはずです!!
ではさっそく、今からそのやり方と手順を書くので是非参考にして下さい。

(1)授業でノートの下書きを作ります。ICレコーダーで録音もしておきましょう。

(2)帰宅中は下書きのノートを高速で何度も見ます。授業の記憶があればストーリーを思い出しながら暗唱しましょう。コツは人目を気にしない事と何度も見る事です。勿論、立ちながらでもやりましょう。疲れていてもやりましょう。理由は後々苦労が少し減ることや単語に慣れるためです。(ただしお年寄りには席を譲りましょう。)

(3)帰宅したらレコーダーを聞いて、聞き漏らしていた部分を下書きのノートにでもメモしておいた後に、清書します。隙間の話も自信がなければメモしましょう。ゴロも作ったり、先生の参考書を利用しましょう。(ゴロを使っていると復元の時にゴロを言えば良いだけなので少し楽ができます。)

(4)完成させた部分を次の授業までに復元させます。『次の授業までに』と言うのはリミットだと考えて下さい。今から脳内復元のための目標を書きます。
それはズバリ『1日あたり清書部分を10回以上見よう。』です。その内の3回は喋り勉強で、朝昼晩のご飯の前に『丁寧に』やります。ただしご飯は冷めても責任は取れません。(レンジでチンすると良いですよ。ただし揚げ物はシナシナになるので気をつけて下さい。)ちなみに10と言う数字に驚くかと思いますが、6回は目で見て『高速で適当に』辿って形と語句の位置を焼き付けるのが目的です。そして最後の1回は寝る前に部屋を暗くして横になって、頭でノートを想像しながら復元します。とにかく目を閉じて集中してノートを1字1字思い出して形と位置をイメージして暗唱して下さい。

以上の作業を次の授業まで毎日やります。すると流石に嫌でも覚えてしまいます。(ただしその間に脳内復元が出来てしまったら、朝と夜の2回に脳内復元するだけでいいかと思います。僕の場合は翌日には復元が完成してたので、2日目からは朝夜に1回ずつ復元をやって、時々高速でノートを黙読したり、喋ったりしてました。)

ちなみに僕は1日1時間くらいでこの作業をやってました。強調したいのは速さと回数です。日本史への時間の使い方は『偉人の佐々木さん』のアドバイスが役に立ちます。貪欲に空き時間だけ使う姿勢は参考にしました。

さて、この作業を1週間繰り返すと、まだまだ復元に時間は掛かりますが、脳内復元の初期状態が完成します。言い換えると、初期状態とはイメージしながら暗唱して復元が出来る状態です。後は雨にも負けず風にも負けず、ひたすら繰り返して下さい。(ここからが本当に大変です。)するとだんだん暗唱する単語が暗唱する前に浮かぶようになります。もうお分かりでしょうか?この浮かぶ範囲が繰り返すと段々広がってくるんです。もちろん広げようと言う意識で取り組んで下さい。これがパパッと広範囲で出るのが究極の状態です。こうなったら暗唱する必要もないです。イメージだけで充分です。この状態は言葉にするなら『ああノートのここら辺にはこう言った単語達があって、こう言う形だったな。一瞬でハッキリとイメージがつくぞ!!問題で出会えばすぐに綺麗に復元できる。』って感じです。字にするとなんだか寂しい感じもありますが、アドバイスは以上です。

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今年度、最高の結果を収めた偉人の勉強法(2)

早稲田政経に合格した、ワセヨビ高卒生の鈴木慶太君がくれたアドバイスの続きです。

<鈴木君>
次に授業についてですが、私は整理券をもらうためにほとんど毎週、開館の2時間前にはワセヨビに着くようにしていました。「風邪ひいたらどうするの??」とか「2時間家で勉強してたら??」と実際思われていただろうし、石黒先生もそう言うと思います。しかし、私にとっては、1番前の席で先生の授業を受けられないことが嫌でした。先生の視線はもちろんのこと、1番前のプレッシャーも自分にとっては最高の集中要因・モチベーションになっていたんだと思います。机の上は

『下書き用ノート』『メモ用落書き帳(無印良品・80枚・70円ほど)
『5色ボールペン(黒・赤・青・緑・黄色)』
『黒ボールペン』
『蛍光ペン(黄色)』

授業中、机の上は忙しくてゴチャゴチャになると思うので、なるべく物は少ない方がいいと思います。自分はボイスレコーダーを使用しない分、メモをしっかりとりました(黒ボールペンと落書き帳)。しゃべり勉強が上手くいかない時に台本になるからです。最初はただただ先生の言う事を書いていこうと必死でしたが、徐々に必要な情報の識別(頭の中にある情報、印象に残った情報はなるべくメモしない)・コンパクトなメモの取り方(図で簡略にまとめる)などが身についてきました。メモに集中しすぎると、肝心な話を聞き逃してしまうし、なんと言っても、石黒先生の顔が見えなくなってしまいます。石黒先生の顔を見ることで、常に気を抜けない緊張感を持って授業に臨めると思います。石黒先生が自分を見てくれなくても、見続けてください!!

今年度は模試は受験しない、と心に決めていた私がワセヨビ生としてとても重要視していたのはアチーブメントテストでした。私は、1回・1回のアチーブに、範囲になっているノート・文化史・史料を完璧にして臨みました。そうしていかないと、その後にやるべき事柄がどんどんできなくなってしまうからです。そして私はアチーブの日本史は常に100点を目指すようにしました。たとえ1位になったとしても、決められた範囲で100点を取れないことは反省するべきという姿勢が重要だと思います。コンスタントに日本史をやっていけば、必ず英語と国語に時間を回すことができます。そういう意味で毎月行われるアチーブはとても良かったと思います。

私は『1年間頑張ればいいんだ!!』と1年間心の中で叫び続けていました。国語科の恩師笹岡先生は「早稲田は努力すれば合格できる大学!!」とおっしゃっていました。だからこそ、1日・1日休まず授業に出席し、勉強に打ち込むことができたんだと思います。1年くらい携帯を止めても、テレビがなくても、パソコンがなくても、音楽がなくても受験勉強はできます。また、私は無駄な時間はどんどん削っていきました。食事の時は目で覚えようってことで、資料集を見ていましたが、これはとてもオススメです。

また共に高め合っていける『友達』『ライバル』の存在は大切だと思います。早稲田法学部一筋で、春からずーっと一緒に頑張ってきてくれた友人。AO入試で合格してしまったけど、常に私の高い目標であった友人達。自分なんかを目標と言ってくれた友人達。モチベーションの高い人達に囲まれた受験勉強は大切だと思います。問題をお互いに出し合ったり、わからない箇所を質問し合ったり、お互いがお互いを奮わせて、密度の濃い勉強ができるはずです。共に頑張ってきた友人達とは、ずーっと、ずーっと最高の友人でいたいです(^w^)

何を言えばいいのかまとまらず、グダグダになって申し訳ありませんm(_ _)m先生を見ていて、自分ももっともっと向上心を持って頑張らなければと思っていました。私は日本史の講師としてだけではなく、1人の立派な大人としても石黒先生を大変尊敬しています。これからもお体に気をつけて、頑張ってください。

鈴木慶太

鈴木君は、土曜日、そのライバルだった友達あわせて4人でワセヨビに来てくれました。講師室で1時間近くも話し込んでしまいました。彼らはそのうちの1人の家に泊まるらしく、駅で別れたのですが、前途洋々な4人が実にうらやましく思えました。

今年度、最高の結果を収めた偉人の勉強法(1)

今年、早稲田大学商学部で大隈記念特別奨学生に輝いた人がいます。ワセヨビ高卒生の鈴木慶太君です。もっとも政治経済学部に合格したので、奨学金300万円は蹴りましたが。明治大の特待生合格を蹴ったのは言うまでもありません。実に華々しい成果を出した彼が、自分の学習法を教えてくれました。さっそく紹介します。

<鈴木君>
自分の学習法がこれから石黒先生の授業を受ける方の参考に少しでもなればいいなと思っています。

まず私は、自分独自のやり方を勉強に取り入れて、志望校に合格しよう!!などとは思いませんでした。それだけの力量が無いのはもちろんのこと、先輩たちが難関大に合格しているやり方があるのだから、わざわざ違うやり方をする必要はないと思ったからです。

合格する勉強法=石黒先生の示す勉強法

私が一年間を通して行った日本史の勉強は
『40面ノート』
『史料(でるとこ日本史プラス)』
『文化史プリント(16枚)』
『講習(早稲田予備校)』
『早稲田予備校配布の問題テキスト』
『過去問(主に早稲田大学)』第一志望の政治経済学部の過去問は30年分やりました!!法を含めて他学部も早稲田予備校にある分だけはやりました。
『難関大用語集解』
『読むだけ日本史(1)・(2)』

私は、石黒先生の入試データに基づいた教材以外は一切使いませんでした。早稲田に合格していった数多くの先輩方もそうだったと思います。私も「合格する勉強法=石黒先生が示す勉強法」ということが正しいと示せる結果を残すことができ、大変嬉しく思っています。
まず『40面ノート』ですが、私は1年間、40面ノートの枠を使った勉強を行っていました。「私には白い紙に復元なんてムリ…」と、なかなかノート復元に取り組めない人には、いいやり方だと思います。40面ノートの1ページが完成するごとに、B4のノートにそのページの枠だけを、水性マジックで書いていきます。理由マークなども書き込んでいくと、いいと思います。もちろん、しゃべり勉強をしながら、1人授業のつもりで。

次にその枠を書いたB4ノートをコピーして、そのコピーしたものに、黒ボールペンでどんどん復元していきます。理由や、簡単な漢字の所はもちろん喋って終わりです。

最初はチラチラとノートを見ながらでもいいと思います。少しずつ見る回数を減らしながら、最後は白い紙に復元できるようにします。

このやり方のデメリットは、とにかくコピー代がかかることです。家にコピー機がない時は、少しでも安いコピー機を近所で探すのもいいかもしれません。(私の寮の近くのスーパーは1枚5円でした)

次に『史料』です。史料はとにかく、声に出して読むことが重要だと思います。ノート1ページ復元が終わったら、該当史料をやるといった感じです。史料を読みながら、頭の中でノートの内容を確認する!!私は史料をリズミカルに読むために、赤ボールペンでテキストにフリガナをふっていました。そうすれば、赤シートで隠れるので。

『文化史プリント』に関しては、復元ノートを作らず、プリントの上から下までしゃべりながら、白い紙に難しい漢字を書いていきました。なかなか覚えられない語句に関しては、作者と作品、グループを息継ぎなしでしゃべり続けていました。
例)×「和漢朗詠集。。。藤原公任??」
  ○「和漢朗詠集藤原公任×10」

『過去問』は、「何年分やればいいんだろう…?? 他学部・他大学の問題もやった方がいいのかな…??」なんて考えるのではなく、「第一志望なら遡れるだけ遡ろう!!」という熱さ(今の入試問題とかけ離れてる場合はドライに止めることも大切かもしれません)、とか「○○時代の難しい問題に挑戦したい!!」「○○時代が苦手だから、〇〇時代の入試問題をやりたい」「未見史料の問題を解きたい!!」など、色々考えて、石黒先生に相談して、解いていくのもいいと思います。

私の場合、中央大学の正誤問題、苦手な時代克服のために東洋・専修大学の問題、史料対策として日本女子の問題など、幅広い大学、幅広い学部の問題をやりました!!先生が授業中に言う、「ここは〇〇大学が良く出すよ!!」も一つの指標になるかと思います。

以上が私の大体の学習法です。

まだまだ続きます。

早稲田大現役合格体験記(2)

ワセヨビ西船校のみなさんへご連絡です。
計画停電の影響で、3月25日の授業は開始時間が変更になりました。
 午前10:30~午後1:10
金曜日の夕方は停電しているらしく、今後も油断ならない状況です。

さて、昨日の続きです。

<小原さん>
さすがに今の勉強法ではマズイなと思い、先生の教材を初めて買ったのが10月中旬です。最初は「読むだけ日本史(1)・(2)」を購入したのですが、全く知らない用語が赤字だったりして、独学の情報量の無さに泣きそうになりました。そして、先生の教材でいこうと決めました。私、すごくスロースターターだったので、11月いっぱいまでは読むだけ日本史+教科書しか使っていませんでした。クラスの人たち(MARCH志望)が日本史の問題の出し合いをしていて、自分の知らないことばかりだったので、早慶上智を目指す自分は本当に勉強量が足りないなと実感しました。
そこで、11月の終わりか12月の頭に「日本近現代史」を購入しました。12月になって、河合塾のセンタープレの結果が出て、日本史の偏差値は53.5…もう日本史の成績をあげることに専念しようと思い、母にそれを伝えて「難関大用語集解」を購入しました。(中略)まとめると、12月からは日本近現代史・難関大用語集解・文化史プリント+読むだけ日本史と教科書で勉強しました。
少し成果が出たのか、1月になってセンターの過去問では7~8.5割ぐらいをとれるようになってきました。そこで、短期間でもう少し知識を詰め込むために、センター試験1週間前くらいに「日本史出るとこ攻略法」を購入しました。(遅い!)
ちなみに、私大の赤本を始めたのは11月からですが、「日本史はまだ解けないから…」という理由で日本史はとばして英国だけを解いていました。(独学の危険なところですよね;)私大の日本史の過去問を解き始めたのはセンター試験終了後の1月半ばからでした。

ここからは、それぞれの教材の自分なりの使用法を書きたいと思います。
☆読むだけ日本史(1)(2)…とにかく読む!一字一句しっかり読んで、赤シートで隠した用語(たとえ1番最後の赤字の用語でも)が1つでも分からなかったら、またそのページの最初の赤字の用語から赤シートで隠して1ページ分をしっかり覚えてから次のページにいきました。読むだけ日本史は自分にとって40面ノートの代わりだったので、他の教材を使っていて知らないこと(読むだけ日本史に書いていないこと)が出てきたら、読むだけ日本史に書き込んでいくようにしていました。
☆日本近現代史…3周くらいしか出来ませんでした。先生が講習のとき「15周やった人がいる」とおっしゃっていたので、まだまだ少なかったなと思っています。「点差をつける!ノーマーク用語」のところも出来るだけ覚えるようにして、それをなるべく図表で確認しました。日本近現代史は難関大用語集解のような用語の説明形式とは違って問題演習形式なので、とくに日本近現代史で出てきた知らないことは読むだけ日本史(2)にかなりに書き込みました!
☆難関大用語集解…2周くらいしか出来ませんでした。赤本などを解いていて、読むだけ日本史にも難関大用語集解にも載っていないことは「難問なんだろうな」と見切りをつけられました。上智大学で島原の乱付近(松倉勝家・寺沢堅高など)や、早稲田大学で大嘗祭の再興等が出てきたとき「やったー!」と思いました。また、講習で先生が「これは通常授業(40面ノート)では説明してなかったけど、難関大用語集解を使っている人なら書いてあったよね」と言われると、「通常授業の人達の意外な弱点を独学の自分は補える!」と思うと嬉しかったです。
☆日本史出るとこ攻略法…これには本当にお世話になりました。文化史プリントと合わせて使うと「だからプリントにはこういう順番で書いてあるのか!すごい!」って何度も思いました。「ひがしで吉田片あし吉田はいガン池田」はいつも笑えました。
余談ですが、私はせこい人間だったので「聴くだけ日本史」のサンプルを携帯に保存して、それを寝る前に聴いたりしてました(笑)授業をとっていない分、そこで石黒先生の声を聴くとやる気も出ました!
また、私のまわりでは日本史を独学で頑張っている人が結構多かったのですが、その中でもかなりの人達が東進の一問一答(紫のもの)やZ会の問題集を使っていました。一問一答の“ワンパターン”の怖さもZ会の“オリジナル問題”の怖さも、難関大用語集解の「blogかわら版」で知っていたので、私は先生の教材一筋でいきました!(一時は私も一問一答人間になりつつありましたが;;)
独学の人って、何もかもが遅いんですよね。自分の勉強法の危険さに気づくのも、情報量の少なさに気づくのも、どんなに非効率的なことをしているのかに気づくのも。(気づかない人も沢山いるので、その点で自分は本当に良かったと思っています)夏期講習で先生の講座に申し込んだのも、部活の日程の都合がたまたま良かったからなので、あの時講習を受けていなかったら…と思うと、本当にゾッとします(;o;)
石黒先生には本当に感謝しています。先生からしてみたら、授業をとっていなかった生徒に感謝していると言われても何と言えばいいのか…と思うかもしれませんが、私の中では「自分の受験勉強での日本史=石黒先生」なんです!40面ノートを持っている人は勿論ですが、先生の教材を持っている人を自習室などで見る度に「石黒先生信者には絶対負けない!!!」と思っていました。他の先生ではなく“石黒先生の信者”だからこそ、危機感やライバル意識をすごく感じたんです。
先生の知らないところでも、私みたいな“石黒先生信者”さんは沢山いると思います(笑)これからも頑張ってください!!!

早稲田大現役合格体験記(1)

地震の影響で休講になっていた、
ワセヨビ現役生の授業の補講日が決まりました。

4月10日(日) 10:00~12:40 東京本校
4月10日(日) 15:00~17:40 西船橋校
4月17日(日) 10:00~12:40 西船橋校
4月17日(日) 15:00~17:40 東京本校

1週間に2回授業が詰め込まれますので、
復習がやや大変になるかと思います。
今のうちに他教科の学習を貯金しておいたり、
日本史用語に慣れるべく、
『読むだけ日本史(1)』を読んだりしておきましょう。

さて今日は、
通年授業が締切で受講できなかった人の合格体験記を紹介します。
彼女は河合塾南浦和現役館で講習だけを受講し、
後は derutoko.com の教材を使い、
みごと早稲田大合格をつかんだ人です。
「おめでとうなみなさん」に投稿してくださった時に、
顔写真もいただいたのですが、
直前講習の時の彼女がすぐ思い出せました。
とりわけ上智対策の講座の時などは、
教室の中で一番理解できている様子だったからです。
「この人は受かるなあ」と思っていました。
そこで、どんなふうにして合格できたのかを書いていただきました。

<小原さん>
顔を覚えていて下さった様で嬉しいです!たしかに直前講習の頃には色々な講座にいたので、ちょっとは印象付けられたかなぁとは思っていました。私が早慶上智に受かるタイプだとは!!びっくりです!多分「早稲田愛」が特別に強くて、もぎとった合格だと思います(笑)私の勉強法は(日本史に限らず)少し変わっていると思いますので(例えば英語の勉強では、皆がボロボロにしている英単語帳はほとんど使わなかったり…)、お役にたてるかは分かりませんが、まとめながらメールで送りたいと思います!本当は直接お話したいのですが、私はどうしても河合塾の講師の方と話すとあがってしまうので(汗)まとめるのに時間がかかるかもしれませんが、よろしくお願いします。

<小原さん>
遅くなりました;かなりの長文になってしまい、申し訳ないです(;_;)
まず、私が日本史に危機感を感じたのは7月の夏期講習で石黒先生の授業を受けた時でした。4月から河合塾に通っていましたが、週1で英語の授業しかとっていなかったので、初めて「受験日本史」の現状を知ってかなりへこみました。7月いっぱいまで部活があったので、受験勉強を本格的に始めたのは8月からでした。
前にも書きましたが、通常授業が締め切りになってしまいとれず、独学でいこうと決めました。もともと日本史は好きだったのですが、8月の時点ではまだ基本的な用語さえ危なかったので、教科書と一問一答集で勉強していてこれがだいたい10月上旬まで続きました。(今考えてみれば、一問一答集はかなり危なかったです(+_+)!!)
9月にテーマ短期講習で「差がつく文化史」をうけたとき、文化史の重大さを初めて知りましたが、独学だと何をすればいいのかイマイチ分からず…学校で使っている日本史図表で文化史の部分を見るといった感じでした。
それでも模試の成績は全然上がらず(当たり前ですよね)、チューターにも「このまま上がらなかったら冬期はまだしも直前講習はちょっとレベルを下げた講座をうけた方がいいかもね…」と言われたほどです。

2学期になってもなかなか結果の出なかった小原さんが、
この後入試本番までどう変わっていったかは、
次回紹介します

始めたばかりのtwitterでは受験に関係のないことを書いています。
僕が何を食べてるかを知りたい人なんて、
そんなにいるのでしょうか……。
twitterの内容について、リクエストがあったらください。

慶應大現役合格体験記(2)

昨日に続いて、嶋津さんの勉強法です。

<嶋津さん>
冬休み、近現代がつながる楽しさを知ってから、
ますますやる気が芽生え、過去問を解くペースもあがり、
志望校も確定したので大学別に的を絞った勉強に取り組みました。
冬期講習に抽選ではずれたこともあり、
このころ『でる日講義ーアラカルトー』を購入しました。
女性史や北海道・沖縄史はもちろん、
地図・グラフ問題がとても役に立ちました。
地図・グラフを通して総復習できるとともに
解き方を学べるので、実践的でした。
ただの暗記ではなく、
つながりや時にはカンから導くことの大切さも実感しました。
この映像教材を通して新たに知ったことも多かったので、
それはすべて吸収し、ノートに付け加えたりもしました。

センターの過去問を10年分くらいやり、
一月ごろに遅いながらもようやく日本史が板に付きました。
流れを理解でき、穴を埋めることができ、同時に取り組み始めていた
『あるあるMARCH問題集』でも基本を総ざらいできました。
一分一秒もムダにしない!と思いながら、
自分に厳しく、ひたすら過去問を解く日々でした。
ここで大事だなあと今振り返って思うのは、
やはり大学別に的を絞り、その傾向を知ることです。
時間配分や記述の解答用紙の大きさなど、
直前期には試験当日に安心してできるように
少しでも何か前もって準備をしてみると、
大きく変わるかもしれないなと思います。
そして基本を忘れていてはどうにもならないので、
なめずに基本を復習することも、
当たり前のようで意外に見落としている大事なことだなあと思います。

試験本番は、問題の相性が良かったところが多く、
直前に見た内容も多く出たので、にやりでした。
終わってみると、あんなにやって結局出たのはほんの一部だったから、
一瞬ムダだったなあと思いましたが、
そんなことはないと今なら言い切れます。
すべてを学んでつながってから初めてわかることは多いし、
40面ノートのどの一枚が欠けてもいけないからです。
どんなに一部分のささいなことも、
先生から教わった土台があったからそのどこかにヒットし、
答えを導き出せました。

わたしは最後までぬるかったと思うし、
不完全なまま試験に臨んでしまったと思います。
それでも無事に志望校に合格できたのは、
先生の素晴らしいバックアップのおかげだと思います。
授業を終えたあとでも、
ブログを見れば様々な先生からのお言葉や
多くの先輩方からのアドバイスを見ることができたし、
試験本番でも、頭に浮かぶノートが何よりわたしの強い味方でした(笑)★
高校受験での体験もあり、
精神的に弱い自分に打ち勝とうと
努力した甲斐もあったのかなと思います。
自信過剰になったり、
不安や焦りで勉強が手に負えなくなることが一番いやだったので、
勉強中はなるべく何も考えず、淡々とこなしていました。
また浪人がいやすぎたので、絶対現役!
と思いながらやったのもよかったのかなと思います。

本当に、近道コースでわたしを合格まで導いて下さった石黒先生に、
心から感謝しています!!!
まさか日本史が自分の得点源になると思っていなかったし、
それ以上にまさか合格するとは思っていなかったので、
これもあれもすべては、先生についていったからだなあと思います。
まだはっきりとした夢がありませんが、
この経験をもとに、いつか自分も人の役に立てたらいいなと思います。
これからも、お体に気をつけて、
たくさんの受験生に夢と希望を与え続けてください。

最後に、どんなことも、あきらめずに正しいやり方でやれば、
いつかは実になるということをこの受験を通して実感しました。
この体験を胸に刻み、春から大学生活がんばります♪
本当に、ありがとうございました

文化祭にのめりこんでもけじめをつけて、
やるべきことをきっちりやっている周到さにはうならされます。
ところで、うちの女子スタッフが恐ろしいコメントをしていました。
「先日のKさんもそうですけど、
 こういうタイプは女子に多い気がします。
 気持ちの切り替えが苦手な男性諸君は、要注意ですね」と。
この発言のどこが恐ろしいかわかりますか?
男女の色恋ごとも同じだってことです。
あー、十代の受験生にはまだわからない世界でしょうか。
切り替えがきかずに、うじうじするのは、
女子じゃなくて男子の方が多いんです。
そして哀しいことに、
女子はさっさと別のヒトに乗り換えちゃえるんです。

慶應大現役合格体験記(1)

現役で慶應大に合格した嶋津さんから、
1年間の勉強法をとても丁寧に教えていただきました。
これから受験するみなさんは、具体的でイメージしやすいかと思います。
2回にわたって紹介しますので、参考にしてください。

<嶋津さん>
まずわたしは、三年の四月から、
河合塾で石黒先生の『早慶日本史』の授業を受け始めました。
それまで独学で日本史を勉強していたとはいえ、
定期テスト前に詰め込んだり、わけもわからずなんとなく
山川の問題集を解いたりしていただけだったので、
第一講ではとにかく速くて密度の濃い先生の授業に感動し、
それまでの姿勢や日本史に対する先入観など一切捨てて、
石黒先生についていこうと決めました。
ここから私の受験日本史が始まったのです。

しかし、学校や塾の他の教科との両立は難しく、
一学期にわたしが日本史に関してしていたことといえば、
40面ノートまとめだけだった気がします。
ただ、先生に言われたことだけは
一から十まで吸収しようと決めていたので、
”六月から日本史の過去問を始めよ”という忠告は、
まだ早くないかな~なんて思いつつも、
素直に受け止め、実行しました。
今思うと、やはり先生の言う通りにして間違いはなかったし、
一番近道できる、最低限でありかつ最大の勉強を
先生から学ぶことができたと思います。
ちょうどそのころ
初めて先生の教材である『でるとこ攻略法』を購入し、
スキマ時間や過去問ででてきたときにちらっと見て、覚えました。
覚えると言っても、
わたしは飽き性で一つのことにガーッと打ち込めず、
一回で暗記することも苦手でした。
そんなわたしにとって先生の教材はとても取り組みやすく、
字ばっかりではない、とても簡潔で要点のしぼられた内容だったので、
これを原点としました。

夏休みには、それまで学んだ範囲は過去問を通して復習し、
講習では近現代史の予習を、そして早慶向けの問題を解きました。
あのころの自分にとって早慶問題はレベルが高すぎて、
ほとんど太刀打ちできませんでした。
しかし、ここでも先生の言ったことだけはメモをして、
復習をしました。
また先生が授業でおっしゃった偉人の話や勉強法などなど、
そのすべてが刺激となってやる気を駆り立ててくれました!
このころ、私たちの弱点であると先生が何百回もおっしゃっていた(笑)
“史料と文化史”に取り組もうと思い、
まず『どこでも史料問題』を購入しました。
本当に夏ごろのわたしは日本史に対して手ごたえが全くなく、
過去問正答率も模試の点数も早慶レベルに到底届いていませんでした。
ただ落ち込むことも楽観視することもなく、
淡々と目の前のことに取り組んでいたのが、
今思うとよかったのかなと思います。

夏休み後半から九月にかけて、文化祭に命懸けで取り組んだので(笑)、
日本史はもちろん他の教科の勉強時間はめっきり減りました。
しかし、文化祭後にいっきに受験モードになった
周りの友達や先生方から刺激を受け、
メリハリをつけることの大切さを学ぶとともに、
文化祭前、それ以上に真剣に取り組みました。
このころから少しずつ『でる日講義ー文化史ー』を始めました。
これもまた、受験最終日まで毎日毎日繰り返し見続けた、
わたしの原点になりました。

秋から冬にかけて、日本史の勉強法は確立したまま揺れ動くことなく、
覚えているかは別として、本当に淡々と
40面ノート、過去問、教材に取り組みました。
近現代にさしかかった頃、
『本当に欲しかった問題集』を購入しました。
この問題集はぴか一です☆
使ってみたらきっと誰もが実感すると思います。
簡潔で要点のまとまっているとはこういうことなのかと思えた、
まさに受験生がほしかった情報が満載の問題集でした。
これも最後まで何回も繰り返し解きました。

わたしの志望は慶応だったので、先生がこれは慶応にデル!!
とおっしゃっていたことにマークをつけていたのは、
とても役立ちました。
また記述問題をどうやって勉強しようか迷いましたが、
先生のブログからヒントをもらったり、
40面ノートも十分記述問題に対応していることが
やっているうちにわかってきました。
特別に新しいことを始めるよりも、
迷ったら先生の言葉、教材に立ち返ることが大事だなと思いました。

おめでとうなみなさん(6)

昨日に引き続き、早稲田政経に現役合格した
矢野さんからのアドバイスです。

<矢野さん>
(英国)
私自身がこの2教科に関しては、最後まで勉強の仕方が確立できず、
アドバイスできる事はないのですが、
英語に関しては直前期に単語帳を何周もやる
+読み慣れた英文(私の場合は法学部の長文)を
速読練習のために何回も読むのは有効だったかな、と思います。

国語は本番でも足を引っ張ってしまったのですが、
そんな私でも政経の国語は簡単だな、と思いました。
政経は試験時間90分なのに現代文も分量的には多くないし、
古漢も割と読みやすいので、
とにかく皆ができるような所で間違えることのないよう
落ち着いて確実に解答することが大切です。
逆に法学部(早稲田で1番国語が難しい)のように
90分でもぎりぎりのような場合は、
事前に時間配分と古典、現代文、現代文の
大問3つの解く順番を入念に決めておくこと、
それから見直す時間はないと思うので、集中して読む為に
日頃から過去問を通して読む訓練をすると良いと思います。

最後に英国について記述(英作)のある学部は、
記述部分を白紙で出すと、その部分は
0点どころかマイナスにされてしまうと聞いたことがあります。
だからどんなことがあっても記述は絶対に書くべきです。

(センター試験)
早慶受験者でMARCHも押さえておきたい、という方は
一般試験よりもセンターで押さえた方がいいと私は思います。
もちろんMARCHをセンターで押さえるとなると
かなり高い得点率が要求され、その分の対策も必要になりますが、
そこで受かってしまえば、
それからはひたすら早慶に向けて勉強することが出来るからです。
MARCHを一般で受けるとなると過去問も解かなければならないし、
当日会場へ行き試験を受けて帰る労力も計り知れない上、
その日はほぼ1日潰れてしまいます。
私はセンターの英語と日本史は9割とれる自信があったのですが
国語はいつも6~7割弱でした。
だからセンター一週間前からは集中週間として、
センター国語の赤本を20年分解き、その後古漢は再度解き直しました。
(その他、英語は特には何もやらず、
日本史は40面と文化史プリントをやりました)
その結果、センター本番国語で8割とることができ、
そのおかげでセンター利用した大学は全て受かりました。
勿論、「センターはなんとなく苦手」という方や
「一般でなら過去問をそんなにやらなくても合格する自信がある」
というような方は、一般受験の方がいいと思います。
ちなみにですが、全学部試験は結構おすすめです。
私は明治の法学部をセンターだけでなく、全学部でも受けたのですが、
英国歴3教科とも基本事項ばかりな為、
特に対策しなくても高得点がとれ、
有り難いことに特別給費奨学生にも選んで頂きました。

とにかく何事も諦めずに努力すれば必ず合格が見えてきます。
特に早稲田は信念の強い人に最後は微笑んでくれるような気がします。
日本史に関しては、石黒先生に教われることは本当に幸運です!!
先生を信じて最後まで頑張ってください。

早稲田5学部制覇の矢野さんでも、国語は苦手だったんですね。
でもそんな自分を冷静に判断して、
過去問に当たって着実に力をつけていったり、
本番の時間配分をきっちり計画していたところがすごいですね。
こういう自分を客観視できる人は、几帳面な女子に多い気がします。
体育会系で「当たって砕けろ」式に、
むやみに勉強している人っていますよね。
無邪気な現役生ならそれでもいいかもしれませんが、
確実にねらった志望校を射止めたい高卒生は、
自分を冷静に把握して対策する必要があると思います。

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おめでとうなみなさん(5)

今年は河合塾南浦和現役館がスゴイと言いましたが、
今日紹介する矢野さんは、まさしく偉人です。
早稲田だけでも、政治経済・法・社会科学・文化構想・教育学部の
5学部に合格しているのです!
明治大法学部にいたっては、特別給費奨学生に選ばれたそうです。
どうして現役生でここまでできたのか、
貴重なアドバイスをいただきました。

<矢野さん>
私はもともと早稲田の法学部が第1志望でした。
政経については早稲田の看板学部で
東大を受ける人たちが併願で受けていくようなイメージしかなく、
私自身受けるつもりはなかったのですが、
(1)12月に何気なく政経の英語の問題を解いた時に
 意外と解けるなと思ったこと
(2)高校生になる前から
 大学は絶対に早稲田に行きたいと思っていたので、
 たとえ政経であろうが早稲田に入れるチャンスを
 少しでも増やしたかったこと
この2点理由から、本当に軽い気持ちで政経を考えていました。
12月までに法学部をはじめ、
他に受けようと考えていた学部(社学、商、教育、文構)は
ほぼ赤本に掲載されてる分は終わっていたので、
政経5年分(年数少なくてごめんなさい)3教科を10日くらいで終わらせ、
あとは法学部の解き直しをメインに入試までやっていました。
法学部にも合格したのですが
特に法曹へ進みたかった訳ではなかった為、
考えた末に政治経済学部へ進学を決めました。

私は石黒先生のサイトに掲載されているような偉人の方々とは程遠く、
アドバイスできるような事も限られていますので、
3項目だけ書かせて頂きます。

(日本史)
石黒先生に習う前(1、2年次)までは
こつこつと自分で勉強してきたつもりですが、
その頃の勉強法は教科書の音読→一問一答のスタイルで、
今考えるとかなり効率の悪いことをしていたと思いました。
石黒先生に習ってからは教科書は全く読まず、
ひたすら40面ノートで定着させていきました。
1学期の間、不器用な私は復元+しゃべり勉強が上手くできず、
せっかくの40面ノートを使いこなせていませんでした。
そのため2学期からは
しゃべり勉強だけをひたすらやり耳に覚え込ませ、
位置や順番を目で覚えていきました。
直前期にはそれに加え、各学部の過去問で間違えた箇所を見直し、
「これを解いた時点では間違えたけれど、今なら絶対間違えない!」
というような自信をつけました。
その他に夏期、冬期、直前で頂いた早慶大プリントも
毎日ちょっとした時間に目を通して、頻出箇所を押さえていきました。
文化史についてですが、
幸い私の学校では文化史も丁寧にやっていたので、
石黒先生の文化史プリントを基本に、
学校で教わった事を書き足して補強していきました。
史料については40面のしゃべり勉強と同時に
石黒先生の「どこでも史料問題-史料編-」を読んでいき、
学校の登下校時に「どこでも史料問題」のCDを聞いていました。
また直前期には史料集(学校などで買わされる分厚い本)を
通読しました。

それから河合塾の方に限られてしまいますが、
石黒先生も常におっしゃっているように、
大手予備校の河合は日本史の授業時間が限られています。
石黒先生が他の予備校では
史料読解や文化史の授業もやっていらっしゃると聞き、
いいなぁ~と羨ましがったこともありましたが(笑)、
史料や文化史は自分でもやろうと思えば出来ない事ではありませんし、
むしろ
「先生に教われない分、
 授業を受けている人に差をつけられないようにしよう!」
とやる気も出ました。
また通年授業の時間数も河合塾は短いようですが、
夏期、冬期の石黒先生の講座を全てとって
不足分を補うことができる為、たいして気にはなりませんでした。
早稲田の問題と言えど、40面ノートで十分に対応できます。
だから河合塾生は授業数の少なさを自覚し、
自分には何が足りないのかを考えて
攻めの姿勢で自主的に勉強するといいです。

英語・国語などに関してもアドバイスをくれたので、
また明日に続きます

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