熊野古道を歩く(4)

今日は受験に関係する話はありません。

最終日、最初に向かった先は権現山(神倉山)です。ここは神が降臨する山として崇められ、断崖絶壁に神倉神社が建てられています。それがどんなものか興味津々で登りました。びっくりしたのは神社までの階段です。かなり長いうえに石段がぜんぜんそろっていません。
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これはだいぶ昔に作られたものですね。段差も大きいうえに雨で表面がツルツルだったため非常に危険でした。それを登り切るとやたら大きな岩があり、そこに神社がありました。
神倉神社
まるで三仏寺投入堂みたいだと思いませんか? 上からの眺めもこんなです。
神倉神社からの眺め

ゴトビキ岩
神社の隣の巨石(ゴトビキ岩)が見えるでしょうか。ここが神が鎮座する「磐座(いわくら)」です。ここから峰を逆に歩ていき新宮(速玉大社)に出ました。こう言ってはなんですがふつうの神社でした。そして最後はバスで那智大社に向かいました。

那智大社の手前に大門坂があります。ここはバスツアーなどのお手軽観光客が、少しだけ歩いて熊野古道の雰囲気を味わえる場所です。
大門坂
延々と石畳が続いていました。よく「登りは疲れる」と言う人がいますが、ここは雨の日に下ったら足を滑らしかねません。登りの方がはるかに安全です。

那智大社からは那智の滝が見えました。神の存在を思わせるたたずまいですね。
那智大社からの滝
近づくとこんな感じです。
那智の滝

ちなみにこの那智に向かう石段を登っていたら、上から年配の女性が足を滑らせて落ちてきてあわてました。すぐ助けおこしたのですが、頭を打って額から流血していたのでかなり冷や汗をかきました。僕のようなへなちょこ体型では背負うこともできないし、山の中だったら気が動転してしまっていたかもしれません。今回は救急車が入ってこられる場所だったので、肩を貸して落ち着けるところまで下りました。救急救命法を習得しておかないと役に立たないな……と反省しました。

熊野古道の話はこれで終わりです。次は沖縄の話を書く予定です。

聴くだけ日本史-美術史編-

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群馬県境を歩く稜線トレイルツアー(6)

ツアー2日目は登山ではなく、バスによる観光地めぐりでした。
最初に向かったのは嬬恋郷土資料館です。館長さんの解説で江戸時代の浅間山の噴火について詳しく知ることができました。

近くの鎌原観音堂からは発掘調査で土石流に飲み込まれた人が見つかりました。涙を誘うのは、それが若い女性と年配の女性が折り重なっていたことです。たぶん年配の女性を背負って逃げようとしていたのでしょう。二人は階段の途中で倒れていました。階段を上がりきっていれば助かったのに、ギリギリ間に合わなかったようなのです。噴火で親を亡くした孤児たちも多く、「村の子」として育てられたそうです。観音堂では地元のおばあさんたちが、お茶とキャベツをふるまってくださいました。現在も供養を続けているそうです。

残念ながらこの時の写真がありません。カメラからSDカードを抜き取ったままだったのです。失敗しました。

次に向かったのは毛無峠(けなしとうげ)です。
毛無峠
ここにはかつて鉱山があったのですが、今は廃墟となっているため荒涼とした雰囲気が漂っていました。かなり寒かったのですが、美女のSさんはどういうわけか大はしゃぎされていました。

「毛無峠」とはオッサンには不吉な名前ですが、マニアの間で人気のようで「群馬の秘境」とか「群馬のアフリカ」なんて言われています。ここを訪れた人たちの動画がYouTubeにいくつも上がっていて、予習で見たときには結構笑えました。

最後に向かったのは万座プリンスホテルです。僕が大学生の頃はスキーがかなり流行っていて、ここに憧れている人たちもたくさんいました。まさかこんな形で来ることになるとは思いませんでしたが、おいしいランチをいただきました。
ランチ1
ランチ2
ランチ3
ランチ4
ランチ5
ランチ6

その後は温泉こまくさの湯です。
万座温泉こまくさの湯
白く濁ったお湯と目の前の景色のせいで、かなり人気の温泉なんだそうです。ここに見える湯船のうち一つは混浴で、女性二人が入っているのを見かけました。登山というと苦しいばかりで汗臭いイメージだと思いますが、こんなホテルに泊まるのなら良いですよね。なかなか味わえない体験でした。

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群馬県境を歩く稜線トレイルツアー(5)

今回歩いたトレイルは群馬県が売り出し中の「ぐんま県境稜線トレイル(仮称)」の一部でした。近年、ロングトレイルが全国各地に生まれているのですが、多くは山の稜線ではなく裾野や谷間を歩くものです。稜線の縦走歩きが好きな僕としてはそこが今ひとつ楽しめません。いっぽうこの「群馬県境稜線トレイル」は、その名のとおり稜線歩きが中心で、その距離はなんと100kmにもおよぶのです。これは稜線のトレイルとしては国内最長です!
地図

トレイルは土合(どあい)(駅に地下ホームからの長ーい階段があることで有名)ところから始まって、谷川岳平標山などを経由して、今回登った四阿山を越えて鳥居峠までです。

すでに赤いルートは道ができていて、あとは青いルートの開通を待つばかりの状態です。全通するのは2018年。開通すればトレランの人たちは大喜びでしょう。中には一気に100kmを走り通す猛者もいそうです。普通の人は無理せず分割して歩きましょう。お勧めは山歩きの後に温泉宿に泊まることです。このトレイルの周辺には有名な温泉がいくつもあるのです。

実際、このツアーでも下山後に鹿沢温泉(かざわおんせん)に泊まりました。「紅葉館」という老舗旅館で、湧きだしたお湯を薄めたりせずそのまま使っているという、大変風情のあるお風呂を堪能しました。

嬬恋の紹介パンフレット
鹿沢温泉がある嬬恋村は観光にかなり力を入れています。パンフレットもたくさんあります。なかでも山歩きに便利なのが右端の『ツマゴイトレッキングガイド』です。

ツマゴイトレッキングガイド
こんな地図が何ページも続いているんです。これなら地図を買う必要はありません。

群馬県グッズ
たくさんいただきました。ご当地キャラ「ぐんまちゃん」は初めて知りました。

吾妻エリアの紹介パンフレット
真田ファンは真田ゆかりの地をめぐるのも良さそうです。赤いパンフレットの表紙を飾っているのが岩櫃城です。

2時間でおさらいできる戦国史

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群馬県境を歩く稜線トレイルツアー(4)

富岡製糸場と歴史博物館を回った後は、高崎駅近くのホテルに泊まって翌日の登山に備えました。

ツアー初日は朝7時半に高崎駅前に集合で、そこからバスで嬬恋村に移動しました。ツアーには地元の登山家も参加されていたので、その案内で車窓から見える赤城山や榛名山を教えていただきました。いつも単独行なのでありがたいです。『真田丸』のオープニングにも登場する岩櫃城(いわびつじょう)が間近に見えた時には、すごーく立ち寄りたくなりました。

登山口でバスを降りると地元のガイドさんたちや上毛新聞の記者さんが待ち受けていて、総勢30名ほどの大所帯になりました。名簿を見たら県庁の方々のほかに旅行会社、登山用品会社、ヤマケイなどの雑誌社……と、いわゆる業界の方が多くいて、僕のような一般参加者は4人だけでした。まさかこれほどの集団登山だとは思っていなかったので戸惑っていたら、もっと驚くことがありました。一般参加者のうちのひとりが富岡製糸場からの帰りの電車で目の前に座っていた人だったのです。大型ザックと山靴を覚えていて「あれ? もしかして……」って思って聞いたらズバリでした。いやはや同じことをしていたとは苦笑いです。このUさんとは宿も同室で寝ることになりました。

天気はすばらしい快晴です。

パルコールつま恋リゾートスキー場
登山口はスキー場なのでリフトがあります。このリフトは登山客が多い真夏には動いているため、楽ちん登山者はリフトで上がり、そこからなだらかな縦走路を楽しめます。
なだらかな縦走路

そして圧巻は山頂手前のナイフリッジです。両脇が切れ落ちて非常に細くなっているところを歩くのです。右も左も眺めは抜群です。
ナイフリッジ

四阿山の山頂はこんな感じに立てます。
山頂に立つUさん

地元のガイドさんによれば「今年は10回くらい登ってるけど、今日が一番天気がいい」とのことでした。
雄大な浅間山とその裾野
みごとに360度全方位の山々が見渡せます。動画でもどうぞ。

動画の途中で小さな祠が見えたでしょうか。四阿山は山そのものが信仰の対象でした。信州から上州に進出した真田氏は、政治的なアピールもかねてちょうど国境にある四阿山を信仰しました。ここは修験道(しゅげんどう)の修行の場でもあったようです。ということは修験者(山伏)たちの中に、真田の忍びとして活躍した者がいたかもしれません。

山頂からしばらく下ると「嬬恋清水」という水場がありました。なんと地底湖があるんだそうで、その水が湧き出しているのです。
嬬恋清水

さらに下っていくとナゾの石組みが現れました。
ナゾの石組み
コンクリートでくっつけたわけでもないのに石の壁ができていて、しかも穴が空いているのです。この壁は左の方にも長く続いていました。
石の壁
ガイドさんの案内で、石の壁沿いにヤブこぎしてみました。

最後は日が陰っていくなか、神秘的な空気さえ感じられる谷あいを下っていきました。そして日没間際にゴールの鳥居峠にたどり着きました。思いのほかメニューの豊富なトレイルで、大変楽しめました。

翌朝、僕たちの様子が新聞記事に載りました。
『上毛新聞』の記事
『上毛新聞』の若手記者さんが同行していて、少しでも「イイ絵」を撮ろうと、異常に重いカメラを手に駆け回っていたのです。僕たちが宿でまったりしている間に、彼は一目散に帰社して記事にしていたんですね。これぞ記者魂ですか。さらにびっくりしたのはこの写真にスマホをかざすと動画も見えるようになっていたことです。最近の新聞って進化してるんですねえ。


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群馬県境を歩く稜線トレイルツアー(1)

先日、群馬県のお招きで四阿山(あずまやさん)に登ってきました。

群馬県が県境の稜線を100kmつなぐトレイルを作ろうと、今年から動き出しました。全通するのは2018年になるとのことですが、その最後の部分を歩くモニターツアーに参加してきたのです。

準備万端で臨むのが好きなので、事前に群馬県の歴史本を読みあさっておきました。さらに『真田丸』ネタを振られても大丈夫なように真田氏についても急いで復習しておきました。いかんせん大河ドラマは見てませんからね。

交通費も宿泊費も出してもらえるツアーだったので、前日から群馬に乗りこみ富岡製糸場にも行っておきました。
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世界遺産に登録されたのにまだ訪れてなかったのです。それにしても混雑ぶりには驚きました。たくさんのガイドさんがスタンバっていて、20人くらいの集団を引率しつつ説明してくれるのです。かなり研修を積んでいるのか、なめらかに解説なさっていました。

富岡製糸場は蒸気力で器械製糸を生産していたわけですが、それ以前に普及していた座繰製糸の体験兼教室をやっていました。これは貴重です。もちろん体験しました。残念ながらその動画はないのですが、後から来たお客さんに「職人さんなんですか?」と言われて苦笑しました。手作業で均一な生糸をつくるのはかなり難しそうでした。

富岡製糸場の後には群馬県立歴史博物館に向かいました。その話は次回に。

でる日講義-経済・外交史(前近代)-

わかりにくい荘園の流れや守護・地頭の変遷を 何度も見直せる映像教材で理解しよう!


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人生初の救急車

先日、雨のなか北アルプスに登りました。

穂高岳山荘
穂高岳山荘ではストーブがついていました。

そこから白出沢を下山する途中、濡れた木の根っこで滑り、そのうえ足を引っ掛けて捻挫しました。歩いているうちにだんだん痛みがひどくなってきて、ちょうど通った森本建設さんの車で新穂高登山指導センターに送っていただきました。そこで見てもらったところ「骨折の可能性もあるから」と、人生初の救急車に乗せられて高山市の病院にかつぎ込まれました。非常に恥ずかしい思いでしたが、どなたも優しく対応してくださり感謝しきりでした。

帰宅後、近くの病院に行ってみるとあっけなく「打撲」と診断されました。その時に「歩けないわけではない」と言われたのをいいことに、今度は利尻島・礼文島に行ってしまいました。しかしこれは失敗でした。青アザが広範囲に出た上に、実際に歩いてみると痛みが走るのです。これはヤバイと登山はあきらめ、レンタカーで回るだけにしました。帰りの飛行機の便も変更して、早々に引き上げてきました。

ふたたび病院に行き、今度は院長先生に見てもらいました。すると「靱帯が切れているかもしれない。ギプス固定3週間だね」と言われ、頭がクラクラしました。というわけでへこんだ日々を送っています。

夏期講習では情けない姿をお見せすることになりそうです。みなさんのやる気を削いでしまわなければ良いのですが……。

礼文島のスコトン岬
礼文島の北端にあるスコトン岬。ここから南下して礼文島を歩いて縦断する予定でした。

利尻山
飛行機から見た利尻山。島全体が美しい山となっています。

でる日講義-とことん文化史-お試し版

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映像教材だと最近の出題データはどうなりますか?

先日、映像教材『でる日講義』シリーズについて質問をいただきました。

<Yさん>
こんばんは、夜分に失礼します。河合塾で通年授業を受けているYです。
メルマガいつも読ませて頂いてます。わたしはガラケーなのですが、ガラケーでも読みやすいように配慮して下さっているのがすごく嬉しいです。最近はスマホしか対応してないようなものが多いので…(ToT)本当にありがとうございます。
質問なのですが、夏期講習の講義の代わりにでる日講義の利用を考えているのですが、でる日講義の収録後、出題数が増えて新たに追加して今年度の講習で話される単語とかってありますか?
先生の授業を受けていると、出題された年がすごく最近の単語もたくさん出てくるので、それが少し心配です。
お忙しいなかすみません、よろしくお願いしますm(_ _)m

<石黒>
返信が遅くなりすみません。山に出かけていました(笑)
メルマガ購読ありがとうございます。当然ガラケーで読まれることを想定していますが、ウェブサイトの方は対応できていなくてすみません。以前はガラケー用のサイトも作っていたのですが、労力が追いつかず断念しました。
さて、でる日講義についてのご質問にお答えします。撮影してからだいぶ経っていますが、最近の出題にはもちろん配慮しております。直接購入された方にはフォローメールやプリントなどで、最新情報をお伝えするようにしています。こうしたことができるのが対面販売の良さだと自負しております。ご心配なくご利用ください。

<Yさん>
山ですか、先生のブログの動画見ましたがすごく本格的な山登りのようで驚きました!滑落とかお気をつけ下さい笑
なるほど、そんな工夫があるんですね! 安心しました、それなら購入しようと思います。
ありがとうございました、これからも授業頑張ります。

山の動画も見てくださっているとはうれしいですね。ついでにこの時に登っていた中央アルプス宝剣岳をごらんください。

中央アルプス宝剣岳
ここのてっぺんには高さ5mほどの尖った巨石があって、そこは人が一人立つのがやっとです。


そのてっぺんで動画を撮りました。画面が揺れているのはガクブルだったからです。

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でる日講義

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スリルに満ちた前穂北尾根

ゴールデンウィークに北アルプスに行ってきました。前穂高岳北尾根という一般の地図には載っていない道(バリエーションルート)を登るツアーです。ゴールデンウィークの前半の北アルプスは天候も悪く、遭難事故が多発していましたが、僕が登った最終日は絶好の快晴でした。今日はその顛末を紹介します。受験にはまったく関係ない内容です。

朝日を浴びる穂高連峰
朝日を浴びる穂高連峰。


5・6のコルから撮影しました。最後にあらわれるのが5峰です。これを越えて4・3・2峰を登り、前穂高岳をめざすのが北尾根です。

遠くに富士山
遠くに富士山が見えます。

先行するガイドの三浦さん
先行するのは超ベテランガイドの三浦さん。

槍ヶ岳
左寄りの尖っているのは槍ヶ岳。

4峰
4峰。まん中の尾根沿いに踏み跡があるのがわかるでしょうか。これを登ります。

岩と雪のミックスをアイゼンつけて登るというのは、非常に緊張を強いられるものでした。アイゼンの2本の前爪を、岩のごくわずかな突起にひっかけて上り下りしなきゃいけなかったりします。例年ならこの時期の雪はしっかりしているのに、今年は雪が少ない上にだいぶ溶けていてグサグサ状態でした。それでよけいに歩きにくくなっていたのです。

歩いてきた北尾根
振り返って歩いてきたところを撮りました。左下の赤茶色は山小屋です。

後ろからきたパーティー
後ろから同じルートを歩いてきた2人組みのパーティー。途中からいなくなってしまいました。下山ルートを間違えてなければ良いのですが。

前穂高岳山頂
前穂高岳の広い山頂。

ハードだったのは登りだけではありません。上高地に向かう一般道(夏道)は雪で通れないため、道なき道を進みました。なかでも奥明神沢の雪渓は斜度がキツいので、四つんばいになって後ろ向きに降ることもしばしばでした。そこにさらなる恐怖が襲います。落石です。直径40cmほどの石が、僕たちの横を回転しながらヒューっとすっ飛んでいきました。あんなのが当たったら、いくらヘルメットがあっても即死です。

奥明神沢の雪渓
奥明神沢の雪渓。急角度ぶりがわかるでしょうか。すでに結構降ったところで撮りましたが、まだ相当長いです。雪渓のゴールの岳沢小屋が見えていません(汗)。

いやはや全編気が抜けない山行でした。


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焼岳から日本海までの山旅(10)

8月26日。もう山に入って11日目です。
3時5分、真っ暗の中を朝日岳に向かって歩き出しました。登っていると富山湾の町の灯りが見えてきました。能登半島の灯りも見えます。暗くてたいした写真など撮れないのに、その向こうの金沢に行った時のことを思い出して、何度かカメラのシャッターを切りました。朝日岳を登りきると蓮華温泉への分岐点があります。2年前に敗退した場所です。その時しゃがみこんだ場所を見て武者ぶるいしました。いよいよここからは歩いたことのないゾーンに入るからです。ところがしばらく行くとだだっ広い場所になり、道を間違えてしまいました。暗い中で初めてのルートを歩くと道迷いのリスクが高まります。ただ、足裏の感触が敏感になっていたので「ん? 何かおかしいぞ」と気づきました。地面がやわらかくて人の足で踏み固められた形跡がないのです。こういうときは潔く引き返すべきです。広い場所を右往左往しながら戻り、正しい道を見つけました。

アヤメ平をすぎ、黒岩平にさしかかると緑が朝日にあたって輝きだしました。とても気持ちのよい開けた場所です。
黒岩平1

黒岩平2
黒岩平

出発から3時間近くで黒岩山にたどり着きました。例によってカロリーメイトしか食べておらず、すでにおなかが「グーグー」鳴っています。もうこのころには、おなかをすかせたままで歩くのにも慣れてきて、身体の中の脂肪をエネルギーに変えるサイクルができているようでした(帰宅後に体脂肪率を測ったら9%に落ちていました)。今日はロングルートです。シャリバテ(食料摂取不足でバテること)が怖いので、小屋でつくってもらった大きなおにぎりを1つ食べました。日本海のほうに延々とつづく尾根が見えます。かなり長いので「ほんとにあれをたどるのか?」と半信半疑になりました。すれ違う登山者は一人もおらず、聞くこともできません。ただひたすら歩きつづけるほかありませんでした。

小屋の女主人に「台形の山」と教わった犬ヶ岳を越えると栂海山荘がありました。ここは無人小屋ですが、立派なつくりです。中には布団や毛布もありました。ありがたいことに地元の山岳会の方が整備してくださっているのです。
栂海山荘

栂海山荘の室内
栂海山荘とその室内

雨が降ってきたので山荘の軒下で、おにぎりを半分食べました。そしてすぐさま出発したのですが、ここでまた道がわからなくなってしまいました。小屋の前の広場をうろうろしたあげく再び軒下にもどってくると、なんと目の前に標識がありました。ショックでした。おにぎりを食べていた時、この標識の文字まで読んでいたはずなのに……。このあたりから頭がはたらかなくなっていたようです。
見落とした標識

雨が降ったり止んだりで、なかなかカッパを脱げません。もちろんカッパは透湿性素材の生地ですが、運動量が激しすぎて内側も汗みずく状態になっていました。おかげでかなりのどが渇き、水を大量に飲みました。でも幸いなことに栂海新道にはいくつか水場があり、補給しやすくなっています。このときは「黄蓮の水」という水場で水を1Lくみました。

地図には区間ごとにかかる時間が記されています。その区間を歩き終えるたびに、自分がどれくらいの速さで歩けたかを計算していました。この日はコースタイムの6割が目標でした。それは結構達成できていたのですが、だんだん疲労のせいか計算に手間取るようになっていきました。頭がはたらかないのです。考えていたのは、この10日間に知り合った人たちのことでした。応援してくれた人たちや、西田さんをはじめ親切にしてくれた人たち、もっと話してみたかった人や、結構話したのに照れくさくて名前も聞かなかった人たちのことでした。平坦なところでは「笹岡さんだったらここは走ってるな」と思って走ったりもしました。

白鳥小屋
白鳥小屋

2つめの無人小屋である白鳥小屋にたどりつくと、珍しく登山者がいました。2組のご夫婦です。小屋の入り口に座っておにぎりを食べながら話をしました。2組とも昨日は栂海山荘に泊まり、これから下山するとのことでした。僕がうなだれつつ「まだ親不知まで7時間かかりますよね?」と言うと、「そんなにかからないでしょ」と返されました。そこで自分の頭がおかしくなってることを自覚しました。残り時間の計算を間違えていたのです。足し算すらうまくできなくなっていました。トランスジャパンの選手たちは激しい疲労のあげく、幻聴や幻視を体験するそうです。僕もわずかですがその世界をかいま見ました。

道が海に向かってまっすぐに延びていればラクなのですが、尾根はかなり屈曲していてなかなか海岸に近づきません。海はもうずっと前から見えているのに何度も上り下りをさせられます。しかも太陽が出たかと思えばすぐに雨が降ったりして、「もう降らなくていいよ!」と声に出てしまいました。おにぎりの残りがありましたが口にする気にもなれず、アメで空腹をしのぎながら歩き続けました。そうして白鳥小屋を出てから3時間、ようやくゴールが見えました。
親不知観光ホテル
親不知観光ホテル。船窪小屋のおかあさんの娘さん夫婦が切り盛りしています。日帰り入浴も可能です。玄関にいた大型犬に何度も吠えられました。僕の異臭のせいでしょうか。動物は正直ですね。

結局、朝日小屋からかかった時間は10時間45分(休憩含む)でした。これはコースタイムの59%で自分としては満足な結果です。ホテルの外に荷物を置き、海まで階段を降りていきました。海に飛びこむ強者もいるそうですが、若くないので海水に手をつけるだけにとどめました。こうしてついに11日間におよぶ長旅が終わったのです。
親不知

僕の装備に興味をもつ方が多かったので、装備一覧をさらしておきます。着ているものも含めてこれでほぼすべてです。
装備一覧

廃棄処分の靴
身につけていたものをすべて脱いでみると、もっとも異臭を放っていたのは靴だとわかりました。もったいないですが廃棄処分するしかなさそうです。というわけで箱の中には新しいボルダーX(2号)が待ちかまえています。黒い靴は何かって? 昨年の縦走の際に使ったトレランシューズですよ。身のほど知らずのなりきりトレイルランナーだったので、転びまくってわずか1日で挫折しました。自戒をこめてこちらの恥もさらします。


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焼岳から日本海までの山旅(9)

朝日小屋のテント場はすごくきれいなロケーションにあります。
朝日小屋とテント場
朝日小屋とテント場(2年前の様子です)

幼稚園のころにアニメ『ムーミン』を見ていたせいで、僕の頭にはどうもムーミン谷がすり込まれているようです。なのでここはかなり好きなテント場です。水も豊富で、コンクリート製の流し台には蛇口もついていて使いやすくなっています。そのうえ小屋の夕食がすこぶるうまいのです。ロングルートの栂海新道を歩く前夜にエネルギーを充填するにはもってこいの場所です。女主人がきりもりしているせいか、小屋の中も非常にきれいにされてます。2年前には、夕食の際に同じテーブルだったトレイルランナーの笹岡さんという方と知り合いになりました。翌年、トランスジャパンアルプスレースのサイトで「笹岡選手」を見つけた時には驚嘆しました。このレースの出場者はわずか20名しかいないというのに、またもや偶然出会っていたのです。それ以来、Facebookでコンタクトを取るようになりました。笹岡さんは海外のトレランレースにも出場されるなど活動範囲が幅広いので、時々アドバイスをいただいています。ありがたいことです。こういう「偶然」って貴重だなあと、しみじみ感じます。

その笹岡さんも2年前、僕と同じく親不知をめざしていました。後で聞いたところ、深夜1時に出発し、雨で川のようになった登山道をを、雷雨におびえ何度も転びながら1日で下りきったそうです。僕はといえば4時に出発したものの、心折れて親不知は断念してしまいました。レベルの差を感じますね。このことを知ってからは、僕も親不知まで1日で歩ききりたいと思うようになりました。コースタイムは18時間です。それを7割の時間で歩ければ、親不知まで13時間でたどり着けます。でもそんな長い時間をずっと速く歩きつづけられるのでしょうか。とりあえず体力を回復させるべく、早めにテントを張って昼寝することにしました。

1時間くらい寝ると強風が吹いていることに気づきました。テントがぐわんぐわんしているのです。台風です。前日に日本海側に住む友人から「明日台風来るよ」というLINEが入っていましたが、「ギリギリ暴風圏から外れるんじゃないか?」と期待していました。でもやっぱり甘かったです。それでも気にしないようにして寝ていると、ついにテントのウォールが身体に触れるほど倒れこんできました。さすがに降参です。テントは当然風向きと並行に立てたのですが、いつの間にか風向きが変わっていました。2年前の悪夢がよみがえります。死亡フラグがはためきまくってますね。外に出ると小屋泊の登山客が心配そうにこちらを見ていたので、苦笑いを返しました。
ひしゃげるテント
ひしゃげるテント

思い切ってペグを抜き、テントの向きを直すことにしました。しかしここの地面はペグが刺さりにくく、その上テントを立てた後では強風にあおられてうまく修正できません。そもそも風向きはコロコロ変わるようでした。これではどんな対策も効果ナシです。雨も降ってくるし、泣きたくなりました。

少しでも身体を休ませたいというのに、これでは落ち着いて寝られません。冷静に考え直し、小屋泊まりに切り換えました。幸い小屋はすいており、お客さんは僕を含めて3人しかいません。よく見るとそのうちの一人は、船窪小屋で一緒だったおじさんでした。僕が連泊して停滞した日に、雨の中を先行して出発した方です。ヒゲがのびていたせいですぐに気づかず、互いの変貌ぶりに笑いあいました。

朝日小屋の夕食
朝日小屋の夕食

夕食後にFacebookで大原さんの動向をチェックすると、船窪小屋に泊まっていて、明日は台風の危険を避けて下山するとありました。やけに安全策ですね。あれ? 僕の判断は無謀なのでしょうか。すると西田さんからメッセージが入りました。帰宅後に台風の進路を調べていただいたようで、非常に丁寧な台風情報をくださったのです。先ほど知り合ったばかりだというのに、なんという親切さ! 驚喜しました。走り疲れていないのでしょうか。トランスジャパンに出る人たちのタフさには目眩がします。それとともに「こんな人間性を自分は持っているだろうか?」と自問したりしました。

せっかく環境の良い小屋に泊まっているのだからと、つま先が痛くなる靴をなんとかしたいと考えました。ハサミを借りて靴の中の突起を内側から押し上げ、思い切ってインソールを取りました。結果的にこれは正解でした。どうせならもっと早くやれば良かったです。

干しておいたものを取りこんで出発準備をすませ、布団に入りました。しかし風は強くなるばかりです。バタバタと音がしてよく眠れません。やがては小屋がギシギシときしみはじめました。もう完全に台風につかまってます。出発予定の深夜1時に外に出ると、風雨が強くてとても歩けそうにありません。あきらめて再び布団に入りました。「3時をすぎたら1日では歩ききれなくなるぞ……」と思いながら浅い眠りをつづけると、2時50分、なぜか突然はっきりと目が覚めました。耳をすますと風音が弱まっています。台風が海に抜けたのでしょうか。すぐさま飛び起き、15分後に出発しました。


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