焼岳から日本海までの山旅(10)

8月26日。もう山に入って11日目です。
3時5分、真っ暗の中を朝日岳に向かって歩き出しました。登っていると富山湾の町の灯りが見えてきました。能登半島の灯りも見えます。暗くてたいした写真など撮れないのに、その向こうの金沢に行った時のことを思い出して、何度かカメラのシャッターを切りました。朝日岳を登りきると蓮華温泉への分岐点があります。2年前に敗退した場所です。その時しゃがみこんだ場所を見て武者ぶるいしました。いよいよここからは歩いたことのないゾーンに入るからです。ところがしばらく行くとだだっ広い場所になり、道を間違えてしまいました。暗い中で初めてのルートを歩くと道迷いのリスクが高まります。ただ、足裏の感触が敏感になっていたので「ん? 何かおかしいぞ」と気づきました。地面がやわらかくて人の足で踏み固められた形跡がないのです。こういうときは潔く引き返すべきです。広い場所を右往左往しながら戻り、正しい道を見つけました。

アヤメ平をすぎ、黒岩平にさしかかると緑が朝日にあたって輝きだしました。とても気持ちのよい開けた場所です。
黒岩平1

黒岩平2
黒岩平

出発から3時間近くで黒岩山にたどり着きました。例によってカロリーメイトしか食べておらず、すでにおなかが「グーグー」鳴っています。もうこのころには、おなかをすかせたままで歩くのにも慣れてきて、身体の中の脂肪をエネルギーに変えるサイクルができているようでした(帰宅後に体脂肪率を測ったら9%に落ちていました)。今日はロングルートです。シャリバテ(食料摂取不足でバテること)が怖いので、小屋でつくってもらった大きなおにぎりを1つ食べました。日本海のほうに延々とつづく尾根が見えます。かなり長いので「ほんとにあれをたどるのか?」と半信半疑になりました。すれ違う登山者は一人もおらず、聞くこともできません。ただひたすら歩きつづけるほかありませんでした。

小屋の女主人に「台形の山」と教わった犬ヶ岳を越えると栂海山荘がありました。ここは無人小屋ですが、立派なつくりです。中には布団や毛布もありました。ありがたいことに地元の山岳会の方が整備してくださっているのです。
栂海山荘

栂海山荘の室内
栂海山荘とその室内

雨が降ってきたので山荘の軒下で、おにぎりを半分食べました。そしてすぐさま出発したのですが、ここでまた道がわからなくなってしまいました。小屋の前の広場をうろうろしたあげく再び軒下にもどってくると、なんと目の前に標識がありました。ショックでした。おにぎりを食べていた時、この標識の文字まで読んでいたはずなのに……。このあたりから頭がはたらかなくなっていたようです。
見落とした標識

雨が降ったり止んだりで、なかなかカッパを脱げません。もちろんカッパは透湿性素材の生地ですが、運動量が激しすぎて内側も汗みずく状態になっていました。おかげでかなりのどが渇き、水を大量に飲みました。でも幸いなことに栂海新道にはいくつか水場があり、補給しやすくなっています。このときは「黄蓮の水」という水場で水を1Lくみました。

地図には区間ごとにかかる時間が記されています。その区間を歩き終えるたびに、自分がどれくらいの速さで歩けたかを計算していました。この日はコースタイムの6割が目標でした。それは結構達成できていたのですが、だんだん疲労のせいか計算に手間取るようになっていきました。頭がはたらかないのです。考えていたのは、この10日間に知り合った人たちのことでした。応援してくれた人たちや、西田さんをはじめ親切にしてくれた人たち、もっと話してみたかった人や、結構話したのに照れくさくて名前も聞かなかった人たちのことでした。平坦なところでは「笹岡さんだったらここは走ってるな」と思って走ったりもしました。

白鳥小屋
白鳥小屋

2つめの無人小屋である白鳥小屋にたどりつくと、珍しく登山者がいました。2組のご夫婦です。小屋の入り口に座っておにぎりを食べながら話をしました。2組とも昨日は栂海山荘に泊まり、これから下山するとのことでした。僕がうなだれつつ「まだ親不知まで7時間かかりますよね?」と言うと、「そんなにかからないでしょ」と返されました。そこで自分の頭がおかしくなってることを自覚しました。残り時間の計算を間違えていたのです。足し算すらうまくできなくなっていました。トランスジャパンの選手たちは激しい疲労のあげく、幻聴や幻視を体験するそうです。僕もわずかですがその世界をかいま見ました。

道が海に向かってまっすぐに延びていればラクなのですが、尾根はかなり屈曲していてなかなか海岸に近づきません。海はもうずっと前から見えているのに何度も上り下りをさせられます。しかも太陽が出たかと思えばすぐに雨が降ったりして、「もう降らなくていいよ!」と声に出てしまいました。おにぎりの残りがありましたが口にする気にもなれず、アメで空腹をしのぎながら歩き続けました。そうして白鳥小屋を出てから3時間、ようやくゴールが見えました。
親不知観光ホテル
親不知観光ホテル。船窪小屋のおかあさんの娘さん夫婦が切り盛りしています。日帰り入浴も可能です。玄関にいた大型犬に何度も吠えられました。僕の異臭のせいでしょうか。動物は正直ですね。

結局、朝日小屋からかかった時間は10時間45分(休憩含む)でした。これはコースタイムの59%で自分としては満足な結果です。ホテルの外に荷物を置き、海まで階段を降りていきました。海に飛びこむ強者もいるそうですが、若くないので海水に手をつけるだけにとどめました。こうしてついに11日間におよぶ長旅が終わったのです。
親不知

僕の装備に興味をもつ方が多かったので、装備一覧をさらしておきます。着ているものも含めてこれでほぼすべてです。
装備一覧

廃棄処分の靴
身につけていたものをすべて脱いでみると、もっとも異臭を放っていたのは靴だとわかりました。もったいないですが廃棄処分するしかなさそうです。というわけで箱の中には新しいボルダーX(2号)が待ちかまえています。黒い靴は何かって? 昨年の縦走の際に使ったトレランシューズですよ。身のほど知らずのなりきりトレイルランナーだったので、転びまくってわずか1日で挫折しました。自戒をこめてこちらの恥もさらします。

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焼岳から日本海までの山旅(9)

朝日小屋のテント場はすごくきれいなロケーションにあります。
朝日小屋とテント場
朝日小屋とテント場(2年前の様子です)

幼稚園のころにアニメ『ムーミン』を見ていたせいで、僕の頭にはどうもムーミン谷がすり込まれているようです。なのでここはかなり好きなテント場です。水も豊富で、コンクリート製の流し台には蛇口もついていて使いやすくなっています。そのうえ小屋の夕食がすこぶるうまいのです。ロングルートの栂海新道を歩く前夜にエネルギーを充填するにはもってこいの場所です。女主人がきりもりしているせいか、小屋の中も非常にきれいにされてます。2年前には、夕食の際に同じテーブルだったトレイルランナーの笹岡さんという方と知り合いになりました。翌年、トランスジャパンアルプスレースのサイトで「笹岡選手」を見つけた時には驚嘆しました。このレースの出場者はわずか20名しかいないというのに、またもや偶然出会っていたのです。それ以来、Facebookでコンタクトを取るようになりました。笹岡さんは海外のトレランレースにも出場されるなど活動範囲が幅広いので、時々アドバイスをいただいています。ありがたいことです。こういう「偶然」って貴重だなあと、しみじみ感じます。

その笹岡さんも2年前、僕と同じく親不知をめざしていました。後で聞いたところ、深夜1時に出発し、雨で川のようになった登山道をを、雷雨におびえ何度も転びながら1日で下りきったそうです。僕はといえば4時に出発したものの、心折れて親不知は断念してしまいました。レベルの差を感じますね。このことを知ってからは、僕も親不知まで1日で歩ききりたいと思うようになりました。コースタイムは18時間です。それを7割の時間で歩ければ、親不知まで13時間でたどり着けます。でもそんな長い時間をずっと速く歩きつづけられるのでしょうか。とりあえず体力を回復させるべく、早めにテントを張って昼寝することにしました。

1時間くらい寝ると強風が吹いていることに気づきました。テントがぐわんぐわんしているのです。台風です。前日に日本海側に住む友人から「明日台風来るよ」というLINEが入っていましたが、「ギリギリ暴風圏から外れるんじゃないか?」と期待していました。でもやっぱり甘かったです。それでも気にしないようにして寝ていると、ついにテントのウォールが身体に触れるほど倒れこんできました。さすがに降参です。テントは当然風向きと並行に立てたのですが、いつの間にか風向きが変わっていました。2年前の悪夢がよみがえります。死亡フラグがはためきまくってますね。外に出ると小屋泊の登山客が心配そうにこちらを見ていたので、苦笑いを返しました。
ひしゃげるテント
ひしゃげるテント

思い切ってペグを抜き、テントの向きを直すことにしました。しかしここの地面はペグが刺さりにくく、その上テントを立てた後では強風にあおられてうまく修正できません。そもそも風向きはコロコロ変わるようでした。これではどんな対策も効果ナシです。雨も降ってくるし、泣きたくなりました。

少しでも身体を休ませたいというのに、これでは落ち着いて寝られません。冷静に考え直し、小屋泊まりに切り換えました。幸い小屋はすいており、お客さんは僕を含めて3人しかいません。よく見るとそのうちの一人は、船窪小屋で一緒だったおじさんでした。僕が連泊して停滞した日に、雨の中を先行して出発した方です。ヒゲがのびていたせいですぐに気づかず、互いの変貌ぶりに笑いあいました。

朝日小屋の夕食
朝日小屋の夕食

夕食後にFacebookで大原さんの動向をチェックすると、船窪小屋に泊まっていて、明日は台風の危険を避けて下山するとありました。やけに安全策ですね。あれ? 僕の判断は無謀なのでしょうか。すると西田さんからメッセージが入りました。帰宅後に台風の進路を調べていただいたようで、非常に丁寧な台風情報をくださったのです。先ほど知り合ったばかりだというのに、なんという親切さ! 驚喜しました。走り疲れていないのでしょうか。トランスジャパンに出る人たちのタフさには目眩がします。それとともに「こんな人間性を自分は持っているだろうか?」と自問したりしました。

せっかく環境の良い小屋に泊まっているのだからと、つま先が痛くなる靴をなんとかしたいと考えました。ハサミを借りて靴の中の突起を内側から押し上げ、思い切ってインソールを取りました。結果的にこれは正解でした。どうせならもっと早くやれば良かったです。

干しておいたものを取りこんで出発準備をすませ、布団に入りました。しかし風は強くなるばかりです。バタバタと音がしてよく眠れません。やがては小屋がギシギシときしみはじめました。もう完全に台風につかまってます。出発予定の深夜1時に外に出ると、風雨が強くてとても歩けそうにありません。あきらめて再び布団に入りました。「3時をすぎたら1日では歩ききれなくなるぞ……」と思いながら浅い眠りをつづけると、2時50分、なぜか突然はっきりと目が覚めました。耳をすますと風音が弱まっています。台風が海に抜けたのでしょうか。すぐさま飛び起き、15分後に出発しました。

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焼岳から日本海までの山旅(8)

※「焼岳から日本海までの山旅(7)」の訂正:山岳ガイドの佐藤さん(僕のクライミングの先生です)からのご指摘で、「山小屋にはスタッフ専用の風呂があり、何日かに一回入ってます」とのことでした。失礼しました。ってことはやっぱり僕だけが危険物になってたわけですね……。

白馬岳は人気の高い山で、大きな山小屋が2つもあります。山頂近くの白馬山荘と、そのちょっと下にある白馬岳頂上宿舎です。テント場は下の小屋に隣接していて、その最大の魅力は小屋の夕食がバイキング形式だってことです。おかずも豊富でかなり量があります。ただしお客さんが少ないとバイキングではなくなってしまうため、今年はどうなのかが気がかりでした。小屋の受付で聞いてみるとバイキングだとのことで、さっそく申し込みました。

夕食までの時間をのんびり過ごし、食事開始の17時10分に食堂に行きました。するとほとんどの人がすでに席に座って食べていました。「あれ?」と思いながら料理を取る列に並ぶと、僕の後ろには誰も来ません。そこではたと気づきました。小屋泊の人たちを優先して、テント泊で夕食しか申しこまない僕には、わざと遅い時間を伝えていたわけです(!)。 よく考えれば5時「10分」という時間もキリが悪くてヘンですね。残り少なくなった大皿から料理を取っていくと、最後の牛丼では肉がひときれしか残っていませんでした。寂しい気持ちになりながら、「いいもん。天狗山荘で牛丼食べたから」とぼやきました。

気分を害したのは他にもあります。ここのテント場はスマホの電波が入りません。そのため食後に小屋の入口でスマホをチェックしていると、小屋のエライ人らしきおじさんが「用がないならテントに帰れ」と言うのです。その勢いにたじろぎながら、栂海新道の天気予報が知りたかった僕は、「栂海新道って住所でいうとどこになるんですか?」と聞くと、「栂海新道は栂海新道だ!」とキレられてしまいました。これには相当目を丸くしました。テント代1,000円と夕食代2,300円しか払わない客には用はないってことでしょうか。今後はできるだけ避けたい小屋になってしまいました。残念です。

翌朝、日が昇り出すなか白馬岳に登りました。
朝日をあびる杓子岳と白馬鑓ヶ岳
朝日をあびる杓子岳と白馬鑓ヶ岳

山頂からは5月に登った白馬主稜が見えました。雪山だったその時とは景色がぜんぜん違うため、何度も「ここだよな、ここだよな?」と確認しました。そんなふうにのんびりしていたら、前日天狗山荘で話した人たちが登ってきました。単独行の女性からは「山のことをよく知っていて、講師だから説明もわかりやすいし、そのうえ本も書いてるんだから、山の本だって絶対書けますよ!」と、あらためて強く応援されました。僕はいつも、人から登った山の話を聞いて「よし、登ろう!」ってなるのですが、今回は「よし、書きたい!」と感じてしまいました。
白馬岳山頂から
白馬岳山頂から

白馬岳山頂
白馬岳山頂

3人とお別れし、朝日小屋に向かいました。すると前からスラリとした青い姿の女性が駆け上がってきました。サングラスをかけていたので確信がもてなかったのですが、トランスジャパンアルプスレースの完走者・西田由香里さんに似ているのです。思わず「に、西田さんですか?」と声をかけてしまいました。するとやっぱりご本人でした(!)。トップアスリートらしからぬ美人ぶりに気後れするし、緊張するし、声は上ずるし……で、何がなんだかわからず、とりあえず握手してもらいました。アホですね。まるでアイドルに遭遇した中学生です。西田さんは蓮華温泉から白馬大池経由で上がってきて、この後白馬岳まで行った後、僕のめざす朝日岳を経て蓮華温泉に下ると言います。これ18時間もかかるコースなんです。それをやすやすと日帰りで走ってしまうのですから呆然です。西田さんは「じゃ、後で追いつくので、また」と言いのこし、白馬岳に向かって駆け上がっていきました。そこでようやく我に返り、「しまった。名乗ることも忘れてた」と大変恥ずかしくなりました。そこで名刺を取り出し、スマホの自撮りを練習して、再会に備えたのです。西田さんがあっという間に戻ってくると、自己紹介して名刺を渡し(受験用語で言う「名簿奉呈=みょうぶほうてい」ですね)、写真を撮らせてもらいました。
西田由香里さん
西田由香里さん

それにしても驚きました。後ろから迫ってきているトランスジャパンの大原さんを気にしていたら、目の前に同じトランスジャパンの西田さんが現れたというわけです。この人たちのFacebookを見ていると、一般人の3倍のスピードで走っていて呆然とします。笑いがこみ上げてくるほどです。

受験勉強でも同じですが、トップレベルの人たちがやっていることを間近で見るのは、大変な刺激になりますね。自分のレベルを引き上げるには、この方法が一番な気がします。もっともこのときの僕はとても走れる状態ではありませんでした。右足の薬指が靴の中の突起にあたってすりむけており、そのせいで反対の左足に負担がかかって膝の痛みが再発してしまっていたのです。ぎこちない足取りで朝日小屋まで行きました。朝日小屋までは7時間ちょっとでたいした距離ではありません。しかし、その先の長い栂海新道を次の一日で歩ききろうと思っていたので、前日は体力を温存させたいと考えていました。

ところでこのとき後ろから迫ってきていたのは、大原さんではなく台風でした。最後に試練が待っていたのです。

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焼岳から日本海までの山旅(7)

先日、弊社スタッフから「山小屋にはお風呂あるんですよね?」と聞かれました。残念ながら稜線上の小屋にはほとんどお風呂はありません。だから身体を拭くだけで耐えるのです。山小屋ではたらく人たちは僕よりもっと長期間耐えてますよ。驚くのは小屋にいる女性アルバイトです。とてもお風呂に入ってないようには見えません。どうしているのか聞いたことはありませんが、みなさんきれいにされています。

※追記:その後、山岳ガイドの佐藤さん(僕のクライミングの先生です)からのご指摘で、「山小屋にはスタッフ専用の風呂があり、何日かに一回入ってます」とのことでした。失礼しました。ってことは、このとき僕だけが危険物になってたわけですね……。

僕自身はこの日、山に入って9日目を迎えていました。五竜山荘を出発し、唐松岳(からまつだけ)に向かいます。
大黒岳
大黒岳(だいこくだけ)の岩場。この向こうが唐松岳です。

唐松岳の頂上に立つと大変気持ち良い天気で、珍しくのんびりしました。この日歩く予定の地図上のコースタイムは10時間40分。今となっては余裕な距離です。剱岳や立山がよく見えていました。

唐松岳頂上からの景色です。僕のナレーションが入ってます。

Posted by 石黒 拡親 on 2015年9月11日

唐松岳頂上からの景色です。僕のナレーションが入ってます。

唐松岳の先には不帰嶮(かえらずのけん)があります。ここは結構危ない岩場で、登山者が渋滞しがちです。この時もどこかの大学のワンゲル部がアワアワしながら歩いていました。道をゆずることにも気が回らないどころか、超大型ザックでフラついており、後ろから見てヒヤヒヤしました。ワンゲル部というのはいまだに戦前の軍隊風です。無理に重いものを背負うのはマゾなのでしょうか。心配になって行き先を聞くとこの先のテント場だと言うので安心しました。彼らでも3時間あれば着くでしょう。いっぽう彼らは僕の小さな荷物を見て、これでテント山行であることに驚いていました。

次に遭遇したのは1組の夫婦でした。前から18人ものパーティーが登ってきたため、すれ違えずに待機していたのです。それを知らずに旦那さんの後ろに立つ奥さんのそばまで来てしまいました。これは非常にまずいポジションです。なぜなら風上に僕、風下に奥さんだからです(!) これでは僕の身体から放たれている異臭が奥さんのほうに漂ってしまいます。自分では気づきにくいですが、たぶん「汗臭い」なんてレベルを超えた異臭のはずです。困ったことに前から来るのは、高齢者ばかりののろのろパーティーで、だいぶ時間がかかりそうです。観念して「すみません。山に入って9日目なんで、異臭がそっちにいくかもしれません。」とあやまりました。

天狗山荘への道
天狗山荘への道

そんな状態だったので天狗山荘に着いたときはホッとしました。ここには雪渓から取る水場があるのです。ばっちり太陽が出ていて風もあったので、これで汚れ物を洗って乾かせます。もちろん洗剤なんて使いませんよ。
天狗山荘の水場
天狗山荘の水場。ジュース類が冷やしてあります。

長期縦走をしていると「着替えはどうしてるんですか?」とよく聞かれます。軽量化が優先なので、最低限しか持っていきません。今回はTシャツ3枚、靴下3足(それぞれ1セットは緊急用なので最後まで使わない)、下着は2枚だけでした。ウール繊維だと匂いが消えやすいので、こまめに乾かして使っていました。ちなみに乾かす際はザックにくくりつけて歩いたりしますが、靴下は大変な異臭を放つため(ホームレスの人たちの臭いです)、人が少ない山域でない干せません。素人にはオススメできないってヤツです。一番難易度が高いのはパンツを干しです。

天狗山荘では、太陽熱で暖まっている岩やベンチに洗濯物を干し、山荘で牛丼を食べました。すると先ほどの夫婦がやって来て「あ、9日目の人だ!」と気づかれました。ここぞとばかり「水場でいろいろきれいにしました!」と晴れやかに答えると、「うん、なんだかすっきりしてる」と言ってもらえました。臭いを放つザックは外に置いてあるので安心です。カレーうどんを食べていた女性客一人と、あわせて4人で話しこみました。聞かれたのは「そんなに長い休みがあるって、何してる人なんですか?」というのと、「荷物はどうなってるんですか?」でした。講師と物書きしてることを言うと、「山の本書いたらいいじゃない」と勧められました。いやーそんなの書けたら最高ですね。あまりに勧められたのでつい調子に乗って、「自分が書けるものってあるのかな?」と自問する日々がはじまってしまいました。僕より山に詳しく経験豊富な人は無数にいるので、自分の取り柄が見つかりません。

その後は、小屋の外で荷物チェックをされました。臭い物はジップロックに封印したので大丈夫なはずです。ん? 「そのジップロックは袋飯用じゃないのか」って? そうしたツッコミはしちゃいけないのが山のマナーです。ええ、ええ、別のやつですよ。

結局、ここで2時間も過ごし、4人とも白馬岳に向かいました。奥さんが僕の軽いテントにも興味を示されたので、先に白馬岳のテント場に行ってテントを張っておきました。汚れ物だらけのテント内をお見せするのは非常に恥ずかしかったのですが、知らない人には教えたくなります。これは予備校講師のサガでしょうか。またまた楽しいひとときでした。

白馬岳頂上宿舎のテント場
白馬岳頂上宿舎のテント場。いつの間にか碁盤目状の区画がなされていました。まるで条里制で区画された口分田です。これでは風よけの石垣は積めませんね。

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焼岳から日本海までの山旅(6)

最近、ウルトラライトハイカーとよばれる、超軽量装備で山を歩く人が増えています。僕もその一人ですが、そうした人たちは少数派で、ほとんどの縦走者は今も60~80Lの大きなザックを背負って歩いています。五竜岳に向かう途中で追いついた老夫婦も、やはり大型ザックを背負っていました。奥さんを脇から抜こうとしたところ、視界に妙な違和感を感じました。ザックの側面に緑色の棒状のものが見えたのです。トレッキング・ポールかと思いきや、なんと長ネギでした。驚いて「ネギ持ってきてるんですか!?」と聞くと、「ええ、玉ねぎより軽いからねえ」と返されました。いやいやそうじゃなくて! 玉ねぎとなんてくらべてません。僕の食料なんてフリーズドライ食品だらけですよ。水気のあるものなんて、重いのでいっさい持ってきていません。もう感覚が違いすぎます。でも、後で思い直しました。山で料理をしてくれる奥さんがいたら最高だな、と。旦那さんがうらやましくなりました。

五竜岳は八峰キレット側から登ると、すごくおもしろい岩場を通り抜けます。その岩場で2人組みの女性クライマーを追い越しました。振り返ると、2人がまるで山雑誌に載っているような「イイ絵」になっていたので、写真に撮らせてもらいました。頂上を往復した後でふたたび彼女たちに会い、勝手に撮ったことを詫びて、後日写真をお送りしました。

五竜岳に登る女性クライマー
勝手に撮るということで腰が引けていて、ベストなタイミングでシャッターを押せてません。

五竜山荘にはさまざまな携帯端末を充電できる設備が整っていました。左隣はコーヒーメーカーです。1杯300円。

五竜山荘の充電設備とコーヒーメーカー

この日はその先の唐松山荘まで行きたかったのですが、小屋の人が唐松山荘に問い合わせてくださり、向こうでは充電ができないことがわかりました。それならここでテント泊するのがベストです。スマホもバッテリーチャージャーも完全充電させました。

この山荘では夕食のメニューがカレーだったため、さすがにそれは遠慮して自炊しました。自炊といっても、アルファ米とフリーズドライのおかずをお湯でもどして食べるだけです。ナイフさえ持ってきていません。そんな簡単な料理(?)なのに、この日はピンチに襲われました。米を入れるプラスチック容器が割れていたのです。転んだ時にやってしまったようです。

割れたプラスチック容器
割れたプラスチック容器

以前にひび割れした時にはガムテープでしのいだのですが、今回は穴まであいています。補修できるレベルではありません。途方に暮れました。

今回の縦走では、すでに穂高岳山荘でカフェラテを作ったときにライターの火がつかなくて、一度冷や汗をかかされていました。そのときはすぐにライターを差し出してくれた人がいて助かりました。

役立たずのくまもん
役立たずのくまもん

その後、南岳小屋でも火が付かず、困って小屋のスタッフに相談すると、なんとマッチが売っていました。

役に立つ南岳マッチ

役に立つ南岳マッチ。30円!

さあ今回はどうしましょう。小屋で売っているお土産のマグカップを買う手もありますが重そうです。800円払ってわざわざ重量を増やすのはしゃくにさわります。そこでジップロックを使うことにしました。

これでも中味は炊き込みご飯
これでも中味は炊き込みご飯

いかにもまずそうですね(笑) でもこれ、ウルトラライトハイカーの間ではよく知られた食べ方なのです。ちゃんと名前もあって「袋飯(ふくろめし)」と言います。もともとこの袋に何を入れてたかって? そういうことは山では考えちゃいけないんです。

翌朝は山荘のドリップコーヒーとクリームパンをいただきました。なんて都会風な朝食! そして快晴のもと、唐松岳に向かって気分よく出発しました。

この時、2人連れの先輩女性とすれ違いました。行き先を聞かれたので親不知だと答えると、「私も栂海新道(つがみしんどう。親不知への下山路)歩いたわよ」と返ってきました。そこは避難小屋に1泊しなければならないロングルートなのに、女性でも意外と歩いた人がいて驚きます。親切にも迷いやすい場所を教えてもらいました。石井さん、その節はありがとうございました。最終日、実に心強かったです。

山で出会う人たちってなんだかおもしろいと思いませんか? 下界にいる時には何かと他人のハラを探らなければなりません。それが山では、少しもウソのない親切心に触れることがあるのです。同行者のいない単独行だと憐れに思われるのか、よけいに親切にされやすい気もします。またそれを受ける側も、ひとりであるがゆえに人の温かみに敏感になっているのでしょう。僕が山に登りたくなる一番の理由はここにあるのかもしれません。

朝の五竜岳
朝の五竜岳

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焼岳から日本海までの山旅(5)

7日目、小屋の人に見送られながら船窪小屋を出発しました。そこまでは良かったのです。しかし七倉岳に登ると、お約束どおり天候は悪化しました。2年前ここで雨具を着たことが思い出されました。嫌な気配が漂ってきます。またもや強い風雨です。蓮華岳に登るころには、あたりは2年前と変わらぬ景色となっていました。

霧に巻かれる蓮華岳への登り
霧に巻かれる蓮華岳への登り

でも今回は立ち止まったりしません。かつて雷雨に逡巡して時間がかかったのが嘘のようにあっという間に登りきり、いったん針ノ木小屋に避難しました。ただし、ここはあまり親切な小屋ではありません。何も注文せずに小屋内にとどまることは許されない雰囲気です。スマホの充電もできなくて当然といった感じでした。気持ちが沈みます。すでに靴の中も濡れはじめていました。つま先のゴムが岩にこすれて剥げてしまって、防水が効かなくなっていたのです。しかも右足の薬指が靴の中の突起物にあたって痛くなっていました。脱いでしまいたくなります。2年前はここから針ノ木雪渓を降りて、いったん撤退しました。2時間もあれば下界に降りられることはわかっています。町に降りて何もかもをきれいにしたい誘惑にかられます。靴を買い直したいとさえ思いました。かなりナーバスになっていたのです。

こういうときはまずお腹を満たすべきです。そういえば起きてから口に入れたものは、カロリーメイトを1袋だけでした。そこで中華丼(1,000円)を食べ、気持ちを落ち着けました。そしてまた、登りだしたのです。

雨のなか何人もの登山者を追い抜きましたが、みながっかり顔でした。晴れていればここはすごく景色のよいトレイルです。なのに今日はガスっていて何も見えません。灰色の世界のなか、足元だけ見て黙々と歩きつづけました。

目的地の種池山荘の手前に新越(しんこし)山荘があります。そこでスマホの充電ができるかと聞くと「できますよ」と返ってきました。僕が焼岳から親不知をめざしていることを話すと、受付のお兄さんは興味をもってくれ、ちょっと話しこんでしまいました。小屋で働く人は、縦走に最適な時期こそが繁忙期なため休みが取りづらく、山好きであっても長期縦走ができないと言うのです。なんという皮肉でしょうか。まだ午後1時前で、この先にある種池山荘にもじゅうぶん行ける時間でしたが、風雨で気持ちが萎えていたのと、小屋の人に親近感が湧いたのとで、ここに泊まることにしました。

新越山荘
霧に煙る新越山荘

皮肉なことは僕にもよくあります。小屋泊に決めると雨が上がることがままあるのです。このときも部屋に入ると空は晴れ上がりました。やっぱりです。小屋は土曜日だったので混雑するかと思いきや、部屋には関西弁のおじさんと僕の2人だけで、ゆったりできました。他の部屋には団体が入っていたので、何か配慮してくれたのでしょうか。昼寝もできました。

翌日、2時45分に起きて外を見ると星が出ています。「晴れてる!」と飛び起き、3時20分に出発しました。星空の下を歩いていくのは大変気持ちの良いものです。種池山荘をすぎ、冷池(つめたいけ)山荘ではカップラーメンを食べました。ここではスマホの充電もしたのですが、逆にそれがあだとなりました。小屋の人に託して充電をしてもらったところ、自動的にスマホの電源が入ってしまい、それに気づかず受け取ったため電源ONの状態がつづいて再びバッテリー切れに追いこまれたのです。

天気は明け方は曇ったものの、太陽がのぼると青空が広がり、眼下に一面の雲海を見ながら快調に歩いていけました。

北アルプス南北縦走のときに冷池・鹿島槍間で見た雲海です。

Posted by 石黒 拡親 on 2015年9月10日

冷池・鹿島槍間で見た雲海

鹿島槍ヶ岳
双耳峰で有名な鹿島槍ヶ岳もこんなにきれいに見えました。手前の山には写真を撮っている人たちが並んでいるのが見えます。頂上でも立ち止まることなく、難所の八峰(やつみね)キレットに入りました。難所といってもマッターホルンを登った後では難しく感じません。どんどん歩を進めました。
八峰キレット
八峰キレット

八峰キレット小屋は、2年前に500mlのポンジュースを見つけて感激したところです。値段は500円もしますが、長期縦走者にとって100%ジュースは貴重です。小屋をのぞくとありました。思わず「これを楽しみにしてたんですよ!」と言って買いました。小屋のおじさんも「これオトクだろ-」と自慢顔でした。

そういえば2年前にここで信州大の女子大生にジュースをおごったことがありました。彼女も親不知を目指しており、抜きつ抜かれつ歩いて何度か会話していたのです。かなり大きなザックでしたが、日程に余裕をもってじっくり歩いていたので、たぶん親不知までたどり着いたことでしょう。日本海をめざすアホな人は意外といるのです。

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焼岳から日本海までの山旅(4)

5日目の行程のうち、地獄だったのは烏帽子岳から船窪岳の間の4時間半です。
雨と蒸し暑さに閉口しながら、南沢岳、不動岳、船窪岳とひたすら急坂の上り下りをくり返させられました。山の斜面を水平にトラバースできたらラクなのに、「どうしてこんな道なんだ!」と怒りたくなります。でも、この山にはトラバースする道はつくれません。山肌がガレていて土砂崩れがおきやすく、たとえ道をつくっても壊されてしまうからです。自然の力は偉大です。結局、尾根に道をつくるしかありません。しかし、いくつもの山が連続するため上下の高低差が激しく、急坂を登ったと思ったらすぐに降らされます。これではいっこうに距離をかせげません。疲れているときには、この精神的ダメージはかなり堪(こた)えます。

この苦行に耐えられたのは小屋の夕食のおかげでした。目的地の船窪(ふなくぼ)小屋は料理が大変おいしい小屋で、すでに朝のうちに電話を入れて夕食を予約しておいたのです。しかし、さすがに疲労がたまってノロノロ歩きになってしまいました。山のルールでは遅くとも16時には小屋に着くべきですが、もう16時を回っています。遠くから小屋の前に「お父さん」が待っているのが見えた時には「ヤバイ!」と焦り、あわてて早足に変えました。小屋に着いたのは16時45分でした。

船窪小屋の夕食
船窪小屋の夕飯。とても山小屋の食事とは思えない細やかなできばえです。

船窪小屋とテント場は歩いて20分も離れた場所にあるため、とてもテント場までもどる気になれず、小屋泊しました。もっとも何かと興奮しており、夜はあまり眠れませんでした。そして朝起きてみると雨。疲れがたまっていたこともあり、停滞することにしました。しかもぜいたくに小屋での連泊です。テント泊の料金が千円程度に対し、小屋泊だと7千円はかかります。でも小屋なら暖房があって濡れたものを乾かせます。まだ全行程の半分しか終わってないことを考え、いったん態勢を立て直そうと考えました。

食事のおいしい船窪小屋です。昼食はどうなるのかとワクワクしていたら、レトルトじゃないカレーがあると言うのです! 飛びつきました。
船窪小屋のカレーライス

カボチャや豆にベーコン、さらに生卵まで入った具だくさんカレーでした。これで800円! 感激です。しかも、「あまっているからとおかわりどうですか?」と声をかけていただきました。よっぽど飢えているように見えたのでしょう。もちろんいただきました。ちなみに「双六小屋のカレーはうまいんだよなー」とのたまったオッサンに出くわしたのは、あろうことかこの小屋です。

午後には晴れ上がったので、小屋で知りあった女性と二人で水場まで行きました。往復1時間ほどです。これはデートでしょうか。水場はテント場の下の、人目につかない崖にあります。あわよくばすっぽんぽんになって水浴びしようかとも考えていましたが、美女がいるのでそれはできません。頭だけ洗うことにしました。美女にペットボトルの水をかけてもらって、頭をゴシゴシしました。

ところで、今回の縦走はFacebookで毎日報告していました(友達限定です)。すると同じくFacebookに動向をアップしていた大原さんが、後ろから迫って来ていることがわかりました。大原さんというのはトランスジャパンアルプスレース(日本海からアルプス越えをして太平洋まで走るレース)の完走者です。睡眠時間を削ってまで走り続ける狂人なので、こちらが寝ている間に追い抜かれないともかぎりません。スマホで大原さん情報を得る必要に迫られました。ところが問題はバッテリーです。小屋泊すれば充電できるだろうと踏んでいたら、船窪小屋はランプの小屋でした(!) ぬかりました。この後は充電のできる小屋をさがすことになります。

船窪小屋への連泊を終えた7日目。めざすは種池山荘です。コースタイムは13時間半くらいなので大したことはありません。ただし2年前の縦走で雷雨に遭い、泣きべそをかいたのはこの区間です。今年は太陽のもとで歩きたいものです。緊張のせいか夜中に何度も目が覚めました。しかし外は雨。朝4時すぎからは布団をたたみ、いつでも出発できるようスタンバりました。でも雨はやみません。雨が小降りになった5時20分すぎ、ようやく出発しました。小屋の人たちが玄関の鐘をならして見送ってくれました。ずっと手を振ってくれているので、いたたまれなくなり、走って小屋を後にしました。

船窪小屋
小屋のスタッフの女性2人が、両手を挙げて見送ってくれています。

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焼岳から日本海までの山旅(3)

4日目の朝はみごとな朝焼けでした。
日の出前に出発しようとしていたら昨夜話しこんだKさんたちが来たので、ゆっくりストレッチをしたり、靴のひもを結んだりして話していました。すると空が赤くなり始め、みるみるうちにそれが広がっていったのです。みんな「すごい、すごい」と言って、高い場所にかけあがりました。あっちへ走りこっちへ走りと、「まるで子どもですね」と苦笑しあったほどです。山では朝焼けや夕焼けがさぞやきれいに見えるだろうと思いきや、そんなにすごい光景には出会えません。ところがこの日は格別でした。

南岳小屋からの朝焼け

一騒ぎが終わって槍ヶ岳に向かうと、穂先(槍ヶ岳の頂上のことです)から降りてくる人たちが渋滞をおこしていました。急角度の岩場は上りよりも下りが怖いのです。つっかえると途端に渋滞します。時間のロスを心配しつつも一応ピークは踏んでおきたいので登りました。すばらしい眺望が広がっていました。
槍ヶ岳頂上

西鎌尾根を下り双六小屋に着くと、期待していた牛丼は品切れで、ふたたび大盛りカレーを食べました。大盛りといってもレトルトカレーなので、ご飯が増えるだけです。ルーが増えることはありません。ときどきツウぶって「双六小屋のカレーはうまいんだよなー」とのたまうオッサンに出くわしますが、どうかしています。他の小屋のレトルトカレーと変わりませんから。双六小屋のカレーはなぜか味噌汁が付いて1,000円です。

北アルプス南部にはめずらしく、双六小屋は水が豊富に出るところです。このため汗をかいたTシャツなどを洗い、ザックにくくりつけて干しながら歩きました。宿泊予定の三俣山荘のテント場に着いたのは13時半頃。行動時間は地図上のコースタイム11時間の7割くらいで、まあまあの速さでした。

5日目は16時間を越えるコースで、後半に激しい上り下りがあるため疲労困憊は必至でした。3時には出発しないといけません。ところが目が覚めたら、もう3時20分! 大寝坊です。隣のテントの4人家族の物音で起きました。その家族には前日に「明日は夜中に出るので、物音で起こしてしまったらすみません」なんて言ってしまっていました。いやはや恥ずかしい。アラームをかけるべきでした。もしかしてわざと物音を立てて起こしてくれたのかもしれませんね。感謝です。

カロリーメイトを口に入れつつ、急いでテントをたたみ、トイレをすませて4時すぎに出発しました。テント泊は設営・撤収に時間がかかるのです。ヘッドランプを点けて鷲羽岳に登り、頂上で豊川山岳会のKさんと知り合いになりました。山岳会のサイトを作っていると聞いたので、Kさんの後ろ姿を写真に撮り、帰宅後にそのサイトにお送りしました。山でお会いした人たちと帰宅後も簡単に交流できるのが、最近の登山の楽しいところです。

つづいて野口五郎岳を越えると野口五郎小屋です。降りていくとき足元に驚きました。なんと道が掃き清められているのです。まるでお寺の庭です。写真でわかるでしょうか。

野口五郎小屋

数人が通れば踏み消されてしまうというのに、小屋の人も粋なことをするものですね。僕は踏むのが惜しくて、できるだけ岩の上を伝って歩きました。その後、烏帽子小屋のキャンプ場では渦巻き状の砂紋まで見ました。

烏帽子岳キャンプ場
烏帽子岳キャンプ場

なんでしょうかこの枯山水ブームは(笑)。次回来るときは、この砂紋の上にテントを張ってみたいものです。

野菜・果物系に飢えていた僕は、野口五郎小屋ではカップラーメンと野菜ジュースを、烏帽子小屋ではオレンジジュースをいただきました。烏帽子岳はてっぺんに大きな岩が一つあります。ピークを踏んでおきたい僕は、ガクガクブルブルしながらまたがりました。

烏帽子岳
烏帽子岳

楽しんでいられたのはここまでで、この後には試練が待ち受けていたのです。

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焼岳から日本海までの山旅(2)

1日目は中ノ湯というところから登りはじめ、焼岳を越えて西穂山荘まで7時間半くらいのコースです。もう昨年のようにトレランシューズで登るような馬鹿なマネはしません。片足が500gの軽さで、かつ靴底が岩場にフィットしやすいスポルティバの Boulder X で行きました。雨でも大丈夫なゴアテックス防水加工も施された靴です。

LA SPORTIVA Boulder X
ただし1日目は調子が上がらず、たいして速くは歩けませんでした。6時間47分もかかっています。

西穂山荘からのながめ
西穂山荘からのながめ

2日目は予想どおり雨でした。全行程のなかでもっとも危険なジャンダルム・大キレット越えをしなければならないため、無理をせず早々に停滞と決めこみました。しかしやることがありません。軽量化を優先したため文庫本なども持ってきていないからです。小屋泊であれば、小屋にある本や雑誌を読めますが、テント泊ではそれうはいきません。退屈な一日となりました。夏期講習の疲れがのこっていたので、とにかく寝て、起きるたびに水出し作業をしていました。水出しというのは、テントの底からしみこんでくる雨水をハンカチで吸い取ってコッヘルに移し、溜まったら外に捨てるという作業です。これを何度もくり返していたわけです。

この日の夕食は小屋で食べました。2,200円です。おかわりをしまくって、翌日のハード登山に備えました。同じテーブルに「日本海まで行く」と言っていた人がいました。山に慣れていない風だったので、たどりつけたかちょっと疑問です。テント場にも同様の人がいましたが、その人は20日間もの日程を取っていました。もしかしたら今もまだ歩いているかもしれません。

3日目の予定は、地図上のコースタイムが16時間を越えるものでした。これを12時間以内に歩ききれたら、この先の見通しが明るくなります。3時起床で出発しました。雨は上がっていましたが、陽が昇るまでは岩も濡れており、西穂高岳から奥穂高岳までの間はかなりスリリングでした。通称ジャンダルムと呼ばれる区間です。

西穂・奥補間
○印をたどって進みます。

ジャンダルム
ジャンダルムの頂上

すれ違う人は一人もおらず、やはりみな危険を回避したようでした。僕自身も足を岩にぶつけたり転んだりして、あちこち傷を負いながら穂高岳山荘にたどり着きました。お湯を沸かしてカフェラテを作りながら、売店が開くのを待ち、10時の開店と同時に大盛りカレーライスを注文しました。

大盛りカレーライス
周囲のお客さんがくつろぐ中、これから大キレット越えをしようとしている僕一人だけが殺気立っていました。

大キレット
いわゆるナイフリッジ。左も右も切れ落ちてます。

出発から10時間20分後、予定の南岳小屋に到着しました。コースタイムの6割ほどの短時間で歩ききることができました。危険な岩場でも突進していったせいでしょうね。南岳小屋は親切な小屋で、テント泊の客でも小屋内で自炊できたり、セルフサービスの飲み物が200円で売られたりしていて良心的でした。大キレットで追い抜いた神奈川県のKさんとは、道を教えたことで親しくなりました。消灯時間まで小屋で話しこんでしまい、コーヒーをごちそうになりました。

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焼岳から日本海までの山旅(1)

夏期講習が終わった後、北アルプスを縦走していました。南端の焼岳から始まって、北端の朝日岳、さらには日本海の親不知(おやしらず)をめざすという縦走です。

この間にたくさんの人と知り合いになりました。その記録を見てくださると言ってくれた方も多く、やっぱりこのブログに山の記録を書くことにしました。スタッフからは「題名を『もはやどこに向かっているか今となってはわからないブログ』と変えたらどうですか?」とまで言われていますが、やはり誰にでも見える場所にアップした方が良いと考えました。数日は山の記事がつづきます。受験生のみなさんはスルーするか、写真だけ眺めてください。

北アルプス南北縦走地図
赤い線を北上していきます。

実は2年前にも同じコースをたどったことがあります。その時は、途中の蓮華岳で雷雨にあい、恐怖のなかでいったん下山しました。2日後、再び縦走にもどって朝日岳まで進んだものの、またもや暴風雨にあいました。あと2日あれば日本海にたどりつける位置まで来ていたのですが、心折れてリタイアしました。

昨年は、イチから出直しということでまた焼岳から登り出したのですが、今度は早々に敗退しました。トレイルランニング(トレラン)選手を真似て、スニーカーのような靴で行ったのが失敗の原因です。このときはスタッフから「なりきり早稲田」とまで言われる始末で、穴があったら入りたいほどの恥ずかしさでした。

そうして三度目の正直とばかりに挑んだのが今回の縦走です。

ふつうの人が計画すると、このコースは2週間かかります。しかし、それだけ長いと必ずどこかで雨にたたられます。雨で停滞を余儀なくされると、日程が延びます。なかなかゴールにたどり着けません。そもそも2週間も風呂に入らずにはいられないため、途中で一度下山して入浴や着替えの交換、食料の補給などをする必要がありました。2年前の縦走が、まさにそういう予定でした。しかし、これをスピード登山で短期間で歩ききれたら……と考えたのです。

幸い一度目の縦走の際にトレランの人たちと知り合えたため、ハイスピード登山の世界を目の当たりにすることができました。もちろん僕自身は彼らのような鍛え方はしていないので、同じことはできません。でも参考にはなります。Facebookでトレランの人たちの「あたりまえレベル」に触れるうちに、こちらの感覚も変わっていきました。トレーニングを積み、荷物をいっそう軽くして、最短8日で歩ききる計画を立てました。荷物の総重量は、水や食料、トレッキング・ポールも含めて9kgちょっと。テント泊を基本に、食事はできるだけ山小屋に頼ることにしました。料金は高めですが、荷物の軽量化にはこれが一番効くからです。

今年は7月にマッターホルンとモンテ・ローザにも登っています。経験値は上がっているはず。「今度こそ成功させるぞ」と意気込んで家を出ました。

テント
BigAgnes というアメリカのメーカーの Fly Creek UL1 というテントです。ダブルウォールでありながら重量はわずか1kgという軽さですが、骨組みがX字ではなくY字なため風に弱いのが難点です。

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