早稲田政経に合格しました!

レギュラー授業が始まりました。最初のころは予備校の授業の価値がわからないせいか、わりと気軽に遅刻したり欠席したりすることがあるようです。ところが1回欠席すると、その部分の穴のせいで後々の話がわからなくなってしまいます。学校とちがって予備校の授業は1回でいっきに時代が進んでしまうのです。

河合塾では欠席する場合、他の授業に振り返るシステムがあります。しかし先生が違えば授業スタイルも違います。なので同じ先生の授業を他校舎で受けるのが良いでしょう。

実は昨年、ぬかりなくそうしたことをした人がいました。藤沢の生徒でしたが、はるばる南浦和まで授業を受けに来た人です。今日はそのMさんからの合格報告を紹介します。

<Mさん>
石黒先生、ご無沙汰しております。
藤沢校で1年間石黒先生の授業を受けていました。1年前までは日本史が本当に苦手で見るのも嫌なレベルでしたが、石黒先生の授業は本当に面白く、40面ノートを作るのもやりがいがあり、気づかないうちに日本史に対する苦手意識はなくなっていました。
直前も40面ノートと講習のプリントで勉強し、本番の休憩時間は早慶出身者プリントをひたすら眺めていました。
先生の授業は正誤問題にもとても有効だったので、センター利用で無事に明治大学、青山大学に合格でき、早慶対策に時間が回せて良かったです。
第1志望の政経では、先生のプリントやお話で出た内容がたくさん出題されて嬉しかったです。本阿弥光悦が現れた時には受験中ににやけてしまいました。残念ながら、慶應商学部は日本史が94%取れたにもかかわらず論文テストで大失敗したため落ちてしまいましたが、9割取れるなんて自分でも信じ難かったです。
他にも、早稲田教育と早稲田商に合格できました。
これらの合格は石黒先生のおかげです!石黒先生の授業を受けに南浦和まで振替して行った甲斐がありました(笑)
ありがとうございました!

<石黒>
おめでとうございます。
政経の問題を急いで斜め読みしてみました。「よしよし、これはしゃべっておいたぞ」って問題がたくさんありますね。本阿弥光悦も「よーし!」って感じです。僕は相変わらず陶芸にのめり込んでますから。何よりMさんがちゃんと覚えていてくれたのが良かったです。さすがです。
センター利用でMARCHレベルをおさえてあったのもすばらしいですね。さぞや準備万端で入試に挑めたでしょう。みごとな受験結果でした。(後略)

きめる!センター日本史

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早稲田社会科学部に合格しました!

昨年まではあざみ野館で高卒クラスを担当していました。このため現役と高卒の2年にわたって僕の通年授業を受講していた人が何名かいます。今日はその一人からの合格報告を紹介します。

<Hさん>
石黒先生こんばんは
河合塾あざみ野館の大学受験科で先生の授業を受講していたHです。
おかげさまで早慶では早稲田大学社会科学部 教育学部 慶応大学文学部の合格を頂くことができ、社会科学部への進学を決めることができました。
先生には現役時代から2年間に渡り受験日本史について教えていただき、その結果浪人時代には日本史が偏差値75を切ることのない自分の受験の柱の教科にまで成長することができました。
実際の入試を終えた今、先生が普段授業で口頭で仰っていたことが驚くほど入試で登場しており、驚かされるばかりです。
特に早稲田大学の入試においては先生の授業のありがたみを感じることが数多くありました。
2年間2回書き込んだ40面ノート 文化史ノートこれが
自分の受験の栄光の架け橋になったことは言うまでもありません。
本当にありがとうございました。

<石黒>
ようやく念願がかなったわけですね。おめでとうございます。過去問での正解率が心配でしたが、早稲田2学部に慶應文まで合格できたのはみごとです。充実した学生生活をすごしてください。

2時間でおさらいできる日本史

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早稲田商学部で正答率86%で合格しました!

合格報告はまだまだ続きます。今回は高卒生からの報告です。現役時代との比較がおもしろいですね。

<Tさん>
初めましてm(__)m
あざみ野館の高卒生クラスで先生の授業を受けていたTと言います
現役の頃から第一志望だった早稲田の商学部に合格しました?イマイチ受かった実感が湧かないです(笑)
合格できたのは石黒先生のおかげと言ってもいいくらい日本史で合格をもぎ取りました!去年$※%△予備校の授業を受けていて(見ていて)日本史が完璧だと思い込んでいましたが、今年石黒先生の授業を受けて、情報の質・量共の次元が違いすぎてなんと甘かったのだろうと去年の自分が馬鹿らしくなってしまうほどでしたw
元々日本史が好きだったので、先生の授業は本当に面白くて毎週楽しみでした
その結果本番も日本史の試験中は楽しみながら解けるようになってました(笑)先生が口頭で話していたことや直前期の冊子で出た問題に関連したが問題が出た時はガッツポーズしてたかもしれません、そのくらい生き生きしてたと思います(笑)
おかげで去年は6割くらいしかできなかったのに、今年は86%の正答率を記録することが出来ましたが、まだ解ける問題があったのでそこは悔しかったです…
先も少し書きましたが、解いてると本当に先生の恩恵を感じることが多かったです、要らないかもしれませんが、少し挙げさせてくださいm(__)m
商学部の大問4のFを解いた時、もう1つの答えが最初は気付けなかったのですが、先生が白虹事件の話をしていた時のメモで大阪朝日新聞と書いたのを思い出し、「東京」が違うのではないかと思って選んだら正解できました(指摘箇所が違っていたらすいません)
他の学部になりますが、文化構想を受けた時(これは不合格でした…)大問3の問8でこれも2つ目がわからなかった時、先生の耳塚の話を思い出して首塚となっているアを選んだら正解することができました!
他にも商学部の残留孤児や町田忠治など、先生の授業のおかげでたくさん正解することが出来ました!
先生からしたらできて当然というものばかりかもしれないですが、去年の僕には到底解けないどころか聞くことすら無かった単語ばかりなのでとても感謝しています
商学部の他に上智(経済)、早稲田(教育)、明治(政経)も合格しましたが、ほぼ先生のおかげです、本当にありがとうございましたm(__)m

<石黒>
正答率86%はすごいですね。確実な合格を決めましたね。おめでとうございます。
風邪で寝込んでしまっていて返信が遅くなってしまいました。すみません。
そうですか、一年前は$※%△予備校だったんですね。ご愁傷様としか言いようがありません。今年は十分な受験情報を手にして挑んでもらえて良かったです。

その後の報告によれば、「社学からも合格を貰えたので早稲田は商、教育、社学の3つ取ることができました!」とのことでした。そして各学部での日本史の正答率はつぎのとおりだそうです。
 文化構想 83%
 教育 86%
 商 86%
 社学 73%

合格ボーダーギリギリなんてレベルの学習に満足していたら危険極まりないです。出題情報を正しくつかみ、記憶を引き出しやすいやりかたで、正解率8割越えの学習をしていくべきだと思いませんか?

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難関大受験に必要な「本当の」ハイレベル用語を網羅! 辞書とは違うわかりやすい説明に、豊富な出題例も。


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早慶上智に合格しました!

私立最難関大である早稲田・慶應・上智を3つとも受験するのは、対策が追いつかず非常に危険です。もちろん優先順位をきめて1つは出たとこ勝負で挑むなら別ですが。しかし、その3つの合格を勝ち得た現役生から報告をいただきました。紹介します。

<S君>
こんにちは。藤沢館グリーンコース早慶大日本史でお世話になったSです。この度早稲田の文化構想、国際教養、慶応の文、上智のフランス語学部に合格しました。
いわゆる早慶上智制覇に自分自身嬉しいとともに驚いています笑センター試験では日本史は満点でした。早慶の入試でも8割を連発することが出来ました。自分は2年生の模試で日本史が偏差値80を越えていました。しかし「このまま山川で勉強して、早慶の水準に到達出来るのだろうか?」と思い石黒先生の授業を受けることにしました。うまくいっていた自分の勉強方法をすべて変えることは勇気のいることでしたが緻密に練られた40面ノートがなければこのような結果を出すことはできませんでした。問題をみて瞬時にノートの〇面の〇側だな、と処理できる快感が大好きです笑早稲田の国際教養へ進学しますが、学んだことを大いに生かして頑張ります。1年間ありがとうございました。

<石黒>
おめでとうございます。すごい結果ですね。なかなか早慶上智にすべて受かるのは難しいというのに。そもそも偏差値80あったのにそこに安住しなかったのが良いですね。あれはあくまでも「模試」であって本当の入試でもありませんからね。そこに気づき、しかも切り替えられたのはS君の賢さでしょう。国際教養学部ということは大学でも大変そうですが、充実した学生生活を送ってください。

上智対策コンプリート・ミッション

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2014年早稲田大社会科学部の質問

今日はなかなか難しい問題です。早慶上智を受験する人は次の問題を解いてみてください。

 ……日本も唐にならって律令制を採用し,国防,治安維持に関する制度を作り上げた。地方の国(編注:ここに下線)には軍団を置き,軍団兵士の中から衛士を選抜して,1年間中央に送った。……

問1 下線部(編注:地方の国)に関連する説明として,不適切なものはどれか。2つ選べ。
イ 国司の任期は6年(のち4年)であった。
ロ 国の下に郡があり,郡司は終身官であった。
ハ 郡司は租税の取り立てを担当した。
ニ 郡の下に里があり,里長は裁判などを担当した。
ホ 大和・山城・摂津・河内・和泉は,五畿内と呼ばれた。

この問題について質問をいただきました。

<Mさん>
夜分遅く失礼します。いつもお世話になっております。毎朝、出るとこブログを見て自分の気を引き締めてから始まる、そんな直前期です。
今回連絡させていただきましたのは、2014年早稲田社会科学部の問題で質問があり先生のご意見を伺いたかったためです。2点あります。
2014早稲田社会科学部大問1の問1(中略)という設問です。
①イとロは基礎事項かと思うので自明として、ニとハに関しては出題頻度の観点からすると覚えるべきか否か。
②実はリード文中に「7世紀初め〜」と記載されており、僕は山城の城の字がこの時はまだ背であると推測し、ホを跳ねたのですがどのように反省すべきかまた、僕が危惧したような山城と山背で設問中で引っ掛けてくることはあったのか。ということを伺いたいです。
お時間ある際、お返事していただければ幸いです。

<石黒>
これは悩む問題でしたね。ただ、先日のブログにも書いたとおり、「下線部に関連する」となっている場合は必ずしもリード文の条件に合致している必要はないのです。このため「山城」を「山背」とつっこむのはやりすぎでした。
いっぽう「ハ」は僕もいったんは正文と判断しましたが、三省堂の教科書に「郡司は終身官で民政や裁判を担当、里長は税の徴収がおもな職務。」という記述があったため、これをもとに作問したことが判明し、正解をハ・ニとしました。
これは正解できなくても致し方ないかもしれません。

早稲田大では平安京遷都の際に「山背国」を「山城国」と改めたことがよく出題されます。それを考えると「ホ」って解答してしまいそうなところがイジワルですね。どうにもしょうがない問題でした。

でる日講義-経済・外交史(前近代)-

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2010年早稲田大社会科学部の質問

以下の問題について質問がありました。

史料
太政官符す
 応に勅旨開田并びに諸院諸宮及び五位以上の,百姓の田地舎宅を買ひ取り,閑地荒田を占請するを停止すべきの事。右,案内を検するに,頃年,勅旨開田遍く諸国に在り。……出挙(編注:この「出挙」の部分に下線)の日,事を権門に託して正税を請けず。……

問8 下線(編注:出挙)に関して,不適切な記述はどれか。2つ選べ。
イ 出挙とは春に苗を貸し付け,秋の収穫時に利息とともに徴収することである。
ロ 出挙には豪族たちの行なう私出挙と,国衙や郡衙が行なう公出挙とがあった。
ハ 私出挙の利息は10割になるものもあった。
ニ 公出挙の利息は3割ほどであった。
ホ 公出挙は地方政府の重要な財源となっていた。

2つ選べ問題であることに注意してくださいね。
正解は……

イ(苗ではなく籾)・ニ(3割ではなく5割)です。
さて、この問題について質問をいただきました。

<Uさん>
南浦和で通年授業を受けていたものです。赤本の質問のことでメールさせていただきました!
早稲田2010年社会科学学部の大問1の問8なのですが…
勅旨田廃止の史料?の中の「出挙」に下線が引かれていて問題は5つある選択肢の不適切文を選ぶ問題だったのですが

ニ 公出挙の利息は約3割であった

という選択肢が不適切文という答えで実際に解いているときは選べたのですが
その後、ノートで確認していると
桓武天皇の欄の中に【出挙利稲軽減(5→3割)】という記述に気づき逆に分からなくなってしまいました。(同時にノート覚えの不完全さも気づきましたが…)
でるとこサイトの回答速報の答えも「ニ」を選ばれていたと思います。
お時間がありましたらご教授お願い致します!

<石黒>
史料は902年の延喜の荘園整理令なので、確かにその時点では公出挙の利息は3割じゃないかと言いたくなるかもしれませんが、設問文をよく読むと下線に「関して」とあって下線に「ついて」とはなっていません。この場合は必ずしも902年時点の出挙のことを問題にしているわけではないのです。また、3つの正文がいずれも正しいと判別できるので、消去法で考えても「ニ」は誤文として作問しているのだろうと推測できます。

一度覚えたものを忘れてしまっているのはもったいないです。この時期はスピードを上げてもう一度インプットし直すべきですね。過去問の質問を受けるたびによく思うことです。

難関大用語集解

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解答が割れた2007年早稲田大教育学部の問題

早稲田大学などのハイレベルな正誤問題には、各種辞書類を駆使しても正誤判別に苦しむものがあります。教育学部の問題のように「正しいものをすべて選べ」と問われてしまうと消去法を使うこともできず、受験生はもちろんプロの解答作成者もお手上げとなることもしばしばです。以前に即日解答速報をやっていた時は、作問者の独断ぶりを呪ったものです。

先日、まさにそうした問題について質問をいただきました。

<Iさん>
石黒先生こんにちは
過去問を解いていたら疑問に思う点があったので質問しました

2007年 早稲田教育学部
大問2
問4 資料(1)に関して、正しいものをすべてあげよ
ア 日親が『立正治国論』をもって、時の政府に諫言した。
イ これにより困窮した御家人たちの不満は増大した。
ウ 主として火器をともなった集団戦であった。
エ 主として火縄銃を用いた個人戦であった。
オ このあと中国産の生糸や朝鮮半島の木綿がもたらされた。
この資料は高麗使が日本に持ってきたフビライハンの朝貢要求の書だと思います(推測ですみません)
東進ではこの問題の答えが イ、ウ、オなのですが
オの答えに多少違和感がありましてこの選択肢は何を示しているのかさっぱりわかりません
室町時代の日明貿易 日朝貿易のことを指しているのか、はたまたただの民間貿易のことを指しているのかがわかりづらくその点において石黒先生に答えていただきたいです!

<石黒>
この選択肢オの判別は、かなり悩まされるものでした。解答は各社で割れていまして、河合塾と赤本ではこれを誤文、旺文社は正文と解答していました。僕自身はこれを正文として解答速報を発表しています。

史料は有名史料で、1268年に日本にもたらされたフビライの国書です。

僕が注目したのは「このあと」と「朝鮮半島の木綿」です。鎌倉時代には高麗の商人がさかんに来日して交易していましたが、その時の輸入品としては、「木綿」は強調されません。そして、高麗が元に侵略されてからは日本との交易も困難になりました。
その逆に朝鮮からの輸入品として「木綿」が強調されるのは、15世紀の李氏朝鮮との貿易です。ここでの「木綿」or「綿布」は頻出用語です。

こうしたことから考えて、僕はオを正文と考えました。しかし、早稲田入試における「すべて選べ」という問題では、解答個数が3つになることは少ないため、かなりためらったのも事実です。ただし、この大問には解答個数が3つとなる小問が他にもあります。問7です。それを考えると「この問4も解答が3つであってもおかしくないかもしれない……」とも考えました。ちなみに問7も解答が割れていて、河合塾だけは正解をア・ウとしていました。他社はみなア・ウ・オです。

早稲田、なかでも教育学部は判断に苦しむ正誤問題をよく出題しています。この問題などは作問ミスに近いと言えるでしょう。今後役に立ちそうな内容ならこだわるべきですが、そうでなければ割り切って無視してもかまわないんじゃないでしょうか。無駄な労力をかけるのもしゃくですから。

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第一志望の慶應経済に行きます!

今日は早稲田・慶應に受かりまくった現役生女子からの合格報告を紹介します。

<Aさん>
二学期から先生の早慶大日本史でお世話になりました。おかげさまで、第一志望の慶應大学経済学部に進学が決定いたしました。他にも、慶應文学部、早稲田政治経済学部、早稲田商学部で合格を頂き、慶應商学部は補欠、慶應法学部は4日目の疲労で英語を少し失敗したため落ちてしまいましたが、日本史は7割超えました。

後輩の方々へ何か言えることを考えました。二学期から受講し始めた方々にもアドバイスになれば、と思います。
私はそもそも、国立志望でした。私立に変えた理由としては、成績というより、国立に行く理由がわからなくなったことが大きいです。将来像が割と明確にあったので、1年次から細かく学ぼうと思えば学べる私立に変えました。
そう決めたのが6月の終わり。夏休みに早慶日本史を取って、そのまま二学期から受講しました。過去の方々を見習って市販の日本史ノートに実況中継と難関大用語集解の内容を書き込みました。近世をほぼ満点にすればよい!という思いで、古代にそこまで力は入れていませんでしたが、それでも2~3周はしたかな、という感じです。
授業のノートは、自分が見て気持ちよくなることに気をつけました。あとはメモをとにかくとること。いらないかなぁと思うようなこともフレーズだけでも書いてあると思い出しやすいですし、先生がおっしゃったことで出ないようなことはほぼありません!これは本番や赤本で痛感すると思います。復習は、次の授業までの間に3日ほど、ストーリーテラーになります。そしてそのあと、ノートをチラ見程度でストーリーテラーになって、白紙に復元します。私は一度復元したらもう一度書くのは面倒になってしまったのでトレーシングペーパーに枠だけ写し取って、ノートに貼って脳内でその枠だけ見て復元代わりにしていました。
私は英語に力を入れすぎて日本史がギリギリになり、上智の過去問をやりながら基礎を確認するような最低なパターンになっていました。英語はなんとかなりましたが、日本史は最後自分の甘いところを詰め込むような形に…私は問題を解く方が覚えが早かったのにそれに気づくのが遅く、全部覚えてから、と後回しにしていたので、本番の前日までの一週間ほどでだいたい全学部10年ずつやりました。もっと前から少しずつやればよかったと思います。あとは、本当に直前期、3日前とかから、過去問やっててわからなかったところなどをルーズリーフに書き出してました。単語と少しの説明とか、系図とか…中にはランクが低いのもあったと思いますが、それを家に帰ったあと2回くらい寝る前に眺めると翌朝半分くらいは覚えてたりします。あと年号が苦手だったので、自分や親を使って○○何歳!みたいな感じでやりました。慶應経済のグラフの読み取りはキーとなる年代(バブルとか、スミソニアンとか、石油危機とか)を中心に覚えるとやりやすいかと。資料集のグラフを親がチェックしておいてくれたので前日の夜と朝みたりしました。
並べ替えはストーリーテラーには余裕ですよね!?私はそれであまり間違えていません。日本史が常に八割!とはなりませんでしたが、七割~八割程度になったのは先生のおかげです。先生がくれる全てを駆使してください。そしたらきっと大丈夫です。二学期からでも、近世を愛せれば。

でる日講義-つながる近現代-

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早慶大の論述問題

今日は能の公開講座に行ってきました。字幕がないと何と謡っているのかさっぱりわかりませんね。言葉の意味を取ろうとせず、ただ感じれば良いとのことでしたが、どうも感性が鈍くていけません。何人も小学生が来ていましたが、彼らは感じ取ることができたのでしょうか。

能楽

ところで、昨日書いた「私大日本史論述テスト」という講座について、質問をいただきました。

<Kさん>
河合塾で私大日本史論述テストという講座のテキストに早稲田慶應の過去の論述の一覧が載っていましだが、それらは書けるようにするべきなのでしょうか?
自分は論述が出る大学は慶應経済・商や早稲田政経・商などを受けます

<石黒>
同じ問題がその大学で再び出題されることは、早慶大においてはほとんどありません。しかし、早稲田の過去問が慶應に役立ったり、その逆に慶應の過去問が早稲田に役立ったりすることはありえます。そうした意味では書けるようにしておいた方がいいかもしれませんが、それぞれ特殊なテーマの問題も入っているので、すべて書けるようにするのも労力のムダです。


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2012年早稲田政経の論述問題

1月22日に河合塾あざみ野館でめずらしい授業をしました。「私大日本史論述テスト」という講座です。論述の添削はかなりやりましたが、複数の生徒を対象とした授業をするのは初めてでした。大変少人数の講座だったので、受講生の受験校にあわせてその場で問題を追加するなど、僕自身は意外と楽しめました。

ところで、早稲田大学政治経済学部の論述問題について質問をいただいていました。こんな問題です。

問 1960年代から1970年代に生じた日本政治における「多党化現象」について,下記の語群から適切なものを用いて,120字以内にまとめ記述解答用紙に記せ。
(語群)
国民協同党 公明党 新自由クラブ 日本新党 新党さきがけ 新生党 西尾末広 田英夫 武村正義 細川護熙 美濃部亮吉 羽田孜

<Aさん>
夜分遅くにすみません。冬期講習もありがとうございました。まだまだ勉強の度合いが甘いと日々痛感し、焦り奮闘しています。
先生があざみ野にお見えになるのがまだ少しありそうな気がしたのでメールで失礼します。
2012年度の早稲田の政経の最後の論述についてなのですが、赤本の模範解答で使われている田英夫という人物がノートに見当たらないように思えました。それと、多党化についても授業でそれほど大きく取り上げていらっしゃった覚えがないのですが、これは自力でどこまでやるべきでしょうか?私の不注意で見落としていたり、聞き逃していたりしたら申し訳ありません。

<石黒>
「田英夫」はノートにありません。ふつうの用語として出題されたことがないからです。Fランク用語です。多党化については授業では扱いませんでした。早稲田では戦後の政党も出題されます。とは言いましたが。冬期講習の早慶大日本史でも少しだけ触れました。
そして「多党化」についてはなんとも言えません。同じ問題が出るとは思えませんし。また、早稲田の過去問の解答については、derutoko.comサイトの解答も参考にされると良いと思います。赤本の解答がベストとはかぎらない話も冬期講習で話したかと思います。


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